童夢/大友克洋

大友克洋の漫画は冷めている。体温が低いとでも言うべきだろうか、一切のヒューマニズムを排した作風は実にローテンションだ。

しかしストーリーの静性と正反対に、確かな画力に裏付けされた作画は実にハイである。「画」の力だけでストーリーを語れる希有の作家が大友克洋なのだ。「童夢」はまさに彼のエッセンスが凝縮された作品である。

マンモス団地で多発する住民の変死事件。自殺なのか、他殺なのか、それとも事故なのか。すべてが謎につつまれたミステリードラマは、中盤を過ぎてエスパー・アクションに様変わりする。

セリフは「くそっ」とか「うおおおおお」とか叫び声ばっかしで、ビルは崩壊するわ、人間ははじけとぶわでもう大変。俯瞰ショットや広角ショット、あらゆるアングルで事象を捉えるカットも映画的なアプローチで新しかった。

「どさっ」と団地の屋上から人が等身自殺する場面を、まるまる見開き2ページで描いてしまうのも、漫画という「読む」メディアを特徴を逆手にとった大胆な戦略である。

短編集『彼女の思いで』を読んでも思ったんだが、彼の創作意欲をかきたてるものは「構築」と「破壊」。特に「構築」にかける異常なほどの固執はタダモノではない。マンガを描いた人ならお分かりだと思うが、それはひどく地味で単調なプロセスなのだ。

下書きをキチンと描いた後に直線や流線を丁寧に引き、ホワイトで修正したりスクリーントーン貼ったりするんである。そうして一日は空しく過ぎていき、「生きるって何だろう」と自分に問いかけたりすることも、しばしばだろう。

しかし、大友克洋の偉大さはそういった疑問を持たず(ホントは持ってるかも知んないけど)、驚くべき精密さをもって、リアルに活写してしまうことにある。

マンモス団地を舞台にした物語を描こうなんて思ったら、背景がメチャクチャ大変なのは分かり切っているんだが、彼はそれが嬉しいんだろう。嬉々としながら、団地の窓ひとつひとつにペン入れしている、大友克洋の姿が目に浮かぶようである。

超能力によって「破壊」される団地など、読んでいてクラクラする程のディティールの濃さ。僕には恐れおおくて、流し読みなんてできない。

新世代SF漫画として、一部に熱狂的に迎えられた『童夢』の余韻は、『AKIRA』で爆発する。体温の低い、冷めたタッチにもかかわらず、そのエントロピーは逆のベクトルを描いてやたら高い。

『童夢』も『AKIRA』も『老人Z』も、彼が描いてきたのは煎じ詰めれば単純な「追いかけっこ」。そのハイセンスとハチャメチャぶりは、同じビートを永遠に刻みながらメタリックさを漂わすテクノ・ミュージックに酷似している。

そういや大友克洋ってテクノ好きだったよなあ。

DATA
  • 著者/大友克洋
  • 発売年/1983年
  • 出版社/双葉社

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