YAWARA!/浦沢直樹

売れセンを狙って見事大ヒットを記録した、浦沢直樹の代表作

もともと浦沢直樹は、プロのマンガ家を目指していた訳ではない。手塚治虫の『火の鳥』(1954年〜1986年)に衝撃を受け、小学校低学年の頃からたくさんマンガは描いてきたが、あくまで趣味の一環でしかなかった。高校・大学では大好きなボブ・ディランの影響で、軽音楽部に所属していたくらいだ。

『火の鳥』(手塚治虫)

きっかけは、就職活動のとき。編集者になろうと思って小学館の入社試験を受けた際、持参したマンガの原稿に目を留めた「ビックコミックスピリッツ」編集者が、新人賞に応募することを勧める。『Return』と名付けられたその作品は、新人賞を受賞。あれよあれよという間に、彼はマンガ家デビューしてしまうのである。

『パイナップル ARMY』(1985年〜1988年)を経て次なる題材を探していた浦沢直樹は、ふと女子柔道というテーマを思いつく。これなら、スポーツ、ラブコメ、お色気、あらゆる“売れる要素”をブチ込めると計算したのだ。

そもそも『YAWARA!』はパロディとして始めたんですね。
(浦沢直樹のインタビューより抜粋)

浦沢直樹の計算通り、『YAWARA!』(1986年〜1993年)は大ヒットを記録。単行本の累計発行部数は3000万部を突破した。この作品が凡百のスポーツ漫画と一線を画した理由は、「主人公が柔道がキライ」というとんでもない設定をたてたことだろう。

天才柔道少女である猪熊柔は、恋もしたいしオシャレもしたいし、お友達とカフェでおしゃべりをしたいという、フツーの女のコだ。できれば、汗臭い柔道着なんて着たくない。しかし、嫌々ながらも周りの期待に答えるべく柔道の試合に出場し続け、しまいにはオリンピックで金メダルをとってしまうんである。

この“嫌々ながらも”というのが『YAWARA!』のミソだ。普通に試合に出てしまえば、天才少女の柔の前に敵はなし。つまり、浦沢直樹が腐心しているのは「いかに試合に勝つか」ではなく、「いかに試合に出させないか」なのである。

「大学進学」だったり、「恋愛」だったり、「父親と戦いたくない」だったり、あらゆる手管を使って浦沢直樹は障害を配置していく。だから、この漫画にはスポ根的要素はない。特訓する必要がないからだ。柔ちゃんは自らの才能によって、振りまわされてしまうのである。

猪熊柔は驚くほど地味なキャラクターだが、その分を補って余りあるのが、おじいちゃんの猪熊滋五郎。コメディリリーフを一手に引き受ける彼は、常に周囲を混乱に巻き込む。

何かに付け「~ぢゃ」と叫ぶこのおじいちゃんが、秀作スポーツマンガで終わったでいたであろう『YAWARA!』を、大ヒットに変えた最大の功労者だ。

『MONSTER』(1994年〜2001年)や『MASTERキートン』(1988年〜1994年)を読んでも思うんだが、浦沢直樹という作家のストーリーテーリングは生真面目すぎるくらいに生真面目だ。

MASTER KEATON / 1 完全版 (ビッグコミックススペシャル)
『MASTER KEATON』(浦沢直樹)

疾走した父親、松田記者との恋、様々なサイドストーリーを絡めながら、作者は物語を丁寧に紡いでいく。柔道の試合描写が綿密に描き込まれている訳ではない。専門用語を用いて柔道のウンチクものになっている訳でもない。

スポーツ漫画にありがちな特訓シーンや、必殺技の開発といったお決まりの手を一切使わず、エンターテイメント作品として抜群の完成度を誇る。『YAWARA!』には、隅々まで浦沢直樹の計算が行き届いているのだ。

DATA
  • 著者/浦沢直樹
  • 発表年/1986年〜1993年
  • 掲載誌/ビッグコミックスピリッツ
  • 出版社/小学館
  • 巻数/全29巻

アーカイブ

メタ情報

最近の投稿

最近のコメント

カテゴリー