エイリアン/リドリー・スコット

“モラルを逸脱したエロティシズム”が塗りたくられた、SFホラーの金字塔

『エイリアン』(1979年)の成功には様々な功労者がいるが、まず誰よりも賞賛されるべきは、ダン・オバノンだろう。

ジョン・カーペンターと組んだ『ダーク・スター』(1974年)で、脚本、特殊効果、編集、おまけに出演まで果たした才人。『ダーク・スター』の成功に気を良くした彼は、続いて『Memory』と名付けられた本格SFホラー映画の執筆に取り掛かる。

完成した脚本は、製作会社のブランディワイン・プロダクションズに買い取られ、その設立者の一人であるウォルター・ヒル(『ウォリアーズ』(1979年)や『ストリート・オブ・ファイヤー』(1984年)で知られる男気フィルムメーカー!)が、さらに脚本を修正。タイトルも『エイリアン』に改められた。ウォルター・ヒル自身が監督を務める案も検討されたが、最終的には気鋭の映像作家リドリー・スコットが招聘された。

エイリアンの造型デザインを担当したのは、スイス生まれの変態アーティスト、H・R・ギーガー。クリーチャー創造にあたって、彼はおよそ考え付くありとあらゆる気持ち悪~いものをコラージュしまくったのだが、その際に最も参考にしたのが男性のペニスだったそうな。

そういえば、彼が手がけたEmerson, Lake & Palmer のアルバム・ジャケット『Brain Salad Surgery』(1973年)にも、当初ペニスが描かれていたというのは、有名なエピソードだ。

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『Brain Salad Surgery』(エマーソン・レイク・アンド・パーマー)

そう、あのヌメヌメした粘膜質の皮膚に象徴されているように、エイリアンとはいわば巨大なペニスなんである。生殖本能だけがそのDNAに刻まれた、黒光り頭のピュア・クリーチャー。

参考書籍によると、女性貨物員のランバートは、股間をエイリアンの尻尾に貫かれて絶命していたらしい。しかもノーパン状態で。これって、姦通 (死姦)のイメージ以外の何物でもないではないか!

クライマックスで、エイリアンがやたらなまめかしい下着姿のシガニー・ウィーバーを襲わんとするが、これまさに男根主義の隠喩。しかも元々は全裸で撮影する予定だったらしい。

その意味で、最後まで生き残ったのが女性というのは何とも象徴的。かつてパリ第3大学に留学していた佐川一政が、オランダ人女性留学生を殺害してその遺体を食べるという「パリ人肉事件」を起こしたが、『エイリアン』には同系列の“モラルを逸脱したエロティシズム”が塗りたくられている。

生粋のビジュアリストであるリドリー・スコットは、おそらくこの隠蔽されたテキストを本能的に察知し、無意識にエロスを放香させた。逆光撮影やお得意のスモークなど、彼の真骨頂は光と影によるコントラストの美しさにある。

光と影を相反するファクターのせめぎ合いと読み解くなら、決して融和することのない二律背反を描き続けてきたリドリー・スコットほど、この映画の適任者はいない。『ブレードランナー』(1982年)しかり、『テルマ&ルイーズ』(1991年)しかり、『1492 コロンブス』(1992年)しかり。彼の映画は常に異人種(エイリアン)との遭遇の物語なのだから。

『テルマ&ルイーズ』(リドリー・スコット)

パンと移動撮影が間断なく継続され、極端に細かなショットを雨あられと挿入しまくる実弟トニー・スコットとは違い、過剰な表現を避け、陰影深いフィックスのショットを丁寧に繋げて行く演出スタイルは、中世絵画のようなクラシックさを漂わせている。

『エイリアン』の息の詰まるような重苦しさ、多分それがリドリー・スコットの頑固な職人としての資質なのだ。

だが決して、リドリー・スコットは全方位型のオールマイティーではない。ストロングポイントとウィークポイントが極端に混在している、非常に偏った映画作家だ。

ビジュアル偏重主義&厳格すぎる丁寧演出は誰しもが認めるところだが、それ故にと言うか何と言うか、リドリー・スコットは語り手(ストーリーテラー)としては欠陥だらけ。

まず、お話に緩急がな~い!一本調子で抑揚がないために、語り口が鈍重すぎる。次に、登場人物が全く魅力的じゃな~い!人物造型が雑ならキャラクターの深堀も皆無なので、役者の演技がぜーんぶ画一的に見えてしまう。

お話もよく分からな~い!意識的なのかどうかは分からないが、世界観の構築は緻密なくせに、どの映画も圧倒的に説明不足なのだ(『ブレードランナー』はそれゆえに、熱心なファンがサブテキストで情報を補完して、逆にカルト的人気を博した訳だが)。

そんなリドリー巨匠にとって最も適切な題材は、重層的で複雑な物語ではなく(『ワールド・オブ・ライズ』みたいなヤツです)、かといってお話自体は特に新奇性のない歴史映画でもなく(『1492 コロンブス』みたいなヤツです)、登場人物の特異性にスポットを当てた作品でもない(ハリウッド・メジャーとしてはあり得ないほどにグロテスクなだけだった『ハンニバル』のことです)。

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『ワールド・オブ・ライズ』(リドリー・スコット)

ズバリそれは、「人間以外の何かが躍動する、お話がシンプルな映画」である。人間が描けないなら「人間以外のもの」、すなわちエイリアンとかレプリカントを描くのが良ろしいだろうし、ストーリーに起伏がないなら、それが逆にメリットに成り得るホラー映画とかがいいし、なおかつ一直線にドラマが進行するシンプルな映画がいい。『エイリアン』は、数少ない「リドリー・スコット向き題材」なんである。

かくして、この作品はSFホラーの金字塔作品として確固たる地位を築いた。リドリー・スコットは『エイリアン』と邂逅したことによって、あまたの失敗作・駄作をリリースしても、僕を含めた狂信的支持者によって、延命し続けているんである。

DATA
  • 原題/Alien
  • 製作年/1979年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/117分
STAFF
  • 監督/リドリー・スコット
  • 製作/ゴードン キャロル、ウォルター・ヒル 、デヴィッド ガイラー
  • 脚本/ダン・オノバン
  • 原案/ダン・オバノン、ロナルド・シャセット
  • 音楽/ジェリー・ゴールドスミス
  • 撮影/デレク・ヴァンリント
  • SFX/ブライアン・ジョンソン
  • 美術/レスリー・ディリー、ロジャー・クリスチャン
  • 編集/テリー・ローリングス
  • クリーチャーデザイン/H・R・ギーガー
CAST
  • トム・スケリット
  • シガニ-・ウィーバー
  • ジョン・ハート
  • イアン・ホルム
  • ハリー・ディーン・スタントン
  • ベロニカ・カートライト
  • ヤフェット・コットー

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