こわれゆく女/ジョン・カサベテス

こわれゆく女 2014年HDリマスター版(続・死ぬまでにこれは観ろ!) [DVD]

狂気の世界に少しずつ足を踏み入れていく女と、ぶっきらぼうながらも真っすぐな愛で彼女を温かく見守る男。『こわれゆく女』は、弓をキリキリと引くような緊張感が全編を貫く、THE・愛憎ドラマだ。

ジョン・カサベテスは、そんな張りつめた空気を生成するにあたって、余計な状況説明シーンはいっさいがっさいカット。決めドコロはぜーんぶ役者の顔にカメラを寄せるという方法論を貫いている。

例えば冒頭近く、土木作業現場近くのカフェでピーター・フォークたちがひとときの休息を楽しむシーン。ここでは、カフェの店内全体を捉える教科書的フルサイズ・ショットは明示されない。

電話口で怒鳴り散らしているピーター・フォークのクローズアップ、同じ釜の飯を食う水道工事員の男たちのクローズアップ、その切り返しだけ。

半年ぶりに家に帰ってきたジーナ・ローランズが、子供たちと抱き合うシーンもまた同様。本来ならば母親が3人の子供たちに囲まれる様子を、フルサイズ・ショットで切り取りたくなるものだ。

しかし、あくまでカメラはジーナ・ローランズのクローズアップから離れることなく、歓喜にふるえる彼女のエモーションを、出来る限り持続させようとする。

かつてジャン・リュック・ゴダールは、

最も自然なショットとは、ルック(眼の表情)のショットである

と言い切った。確かに、ジョン・カサベテスの撮影スタイルは、役者の演技をエモーショナルに伝達する最良の手段だろう。

だがカサベテスの狙いは、精神錯乱を起こしているジーナ・ローランズに、観客を同一化させることではない。パラノイア状態の彼女を客観的視座で俯瞰することによって、むしろ周囲の人間の困惑ぶりを描出することにある。

なぜなら、その狂騒のなかで、ただ一人彼女への無償の愛を貫こうとするピーター・フォークの姿が、相対的にドラマティックになるからだ。

そう、これは無償の愛を謳った物語なんである。狂った女の錯乱ぶりに、ただただ当惑を覚える人間たちのクローズ・アップ。「愛している」と叫びながら、彼女を抱きしめるピーター・フォークのクローズ・アップ。この対比によって、初めて我々観客は、彼の純粋な愛情を確認することになる。

スタンリー・キューブリックは遺作『アイズ・ワイド・シャット』で、「危機に陥った夫婦が真っ先にすべきことは《FUCK》である」と説いた。『こわれゆく女』でも、ピーター・フォークとジーナ・ローランズは子供たちを寝かしつけるやいなや、ベッド・インの用意を始める。

アイズ ワイド シャット [Blu-ray]

愛情の臨界点は、いつの時代も常にセックスだ。

DATA
  • 原題/A Woman Under The Influence
  • 製作年/1974年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/145分
STAFF
  • 監督/ジョン・カサベテス
  • 製作/サム・ショウ
  • 脚本/ジョン・カサベテス
  • 撮影/マイク・フェリス、デヴィッド・ノウェル
  • 美術/フェドンパパ・マイケル
  • 編集/トム・コーンウェル
  • 照明/ミッチ・ブライト
  • 音楽/ボー・ハーウッド
CAST
  • ジーナ・ローランズ
  • ピーター・フォーク
  • マシュー・カッセル
  • マシュー・ラボルトー
  • クリスティーナ・グリサンティ
  • ニック・カサベテス

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