ブラッド・ワーク/クリント・イーストウッド

ブラッド・ワーク [Blu-ray]

クリント・イーストウッドが『ロボコップ』化したサイコ・サスペンス

アメリカ映画界が真にその発展を願うなら、まず何よりも先に為すべきことは、ハリウッド最大の父性であるクリント・イーストウッドを、一日でも長くその玉座に君臨させることにある。

同じ1930年生まれのジャン・リュック・ゴダールと並んで、もはや彼は生ける伝説=リビング・レジェンド。とりわけ、自らの肉体的な老いを包み隠さず露呈し始めた、’90年代以降のフィルモグラフィーの充実ぶりには、ただただ舌を巻くばかり。映画に殉じたる者、まずはイーストウッドをいかにして延命させるかを熟慮すべし!

もともとは犯罪記者だったという、マイクル・コナリーのサスペンス・ノベル『わが心臓の痛み』を題材に、イーストウッドが製作・監督・主演の3役を務めた『ブラッド・ワーク』(2002年)は、まさに「イーストウッドの延命」というテーマが直裁に描かれた映画。

『わが心臓の痛み』(マイクル・コナリー)

心臓発作で倒れたものの、心臓移植手術によって一命をとりとめた元FBI捜査官のテリー・マッケイレブは、グラシエラ(ワンダ・デ・ヘスース)と名乗る女性から姉を殺害した犯人を探してほしいと依頼される。

初めは引退したと断るマッケイレブだが、彼の心臓が実はその殺害された姉のものだったと知り、再び捜査の現場に復帰することになる…。

平穏無事なオーディナリー・ライフから、血なまぐさい暴力の世界に引き戻されるという設定は、イーストウッド映画の王道パターンではあるが、他人の心臓によって帰還を果たすという事実に我々は留意すべきだ。

明らかに身体に変調をきたしつつも、彼は己の任務遂行のために銃をとり、些細なモラルなぞには目もくれず、猟犬のごとく真犯人を追いつめていく。

クライマックスでシリアル・キラーと対峙するイーストウッドの姿に、『ダーティハリー』(1971年)のハリー・キャラハン刑事を見いだす者もいるだろう。

『ダーティハリー』(ドン・シーゲル)

しかし、そこに存在するのは、借り物の身体をまとった一介の老人にしかすぎない。サイコ・サスペンス映画としての骨格を有する『ブラッド・ワーク』は、しかしながらイーストウッド映画としての文脈として読めば、借り物の身体=サイボーグという主題が浮かび上がってくる。

イーストウッドの耐用年数の過ぎた肉体には、未だ衰えを知らぬ旺盛な創作意欲が詰め込まれているのだ。

そのギャップに最も敏感な人物こそ、他ならぬイーストウッド自身。どのように肉体が変容しようが、彼は映画内でシリアル・キラーを抹殺する使命があるのであり、映画外では若いクリエイターに刺激を与え続ける義務があるのだ。

そう、云わば『ブラッド・ワーク』は、イーストウッド主演で撮られた『ロボコップ』。彼の肉体に刻まれた手術跡(スティグマ=聖痕)は、不死の肉体としての表象。ロボコップ化したイーストウッドの前に敵は無し。

精密なメンテナンスでその肉体をキープしつつ、ハリウッド最大の父性はその玉座を守り続ける。

DATA
  • 原題/Blood Work
  • 製作年/2002年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/110分
STAFF
  • 監督/クリント・イーストウッド
  • 製作/クリント・イーストウッド
  • 製作総指揮/ロバート・ロレンツ
  • 原作/マイクル・コナリー
  • 脚本/ブライアン・ヘルゲランド
  • 撮影/トム・スターン
  • 美術/ヘンリー・バムステッド
  • 編集/ジョエル・コックス
  • 音楽/レニー・ニーハウス
  • 衣装/デボラ・ホッパー
CAST
  • クリント・イーストウッド
  • ジェフ・ダニエルズ
  • ワンダ・デ・ヘスース
  • ティナ・リフォード
  • ポール・ロドリゲス
  • ディラン・ウォルシュ
  • アンジェリカ・ヒューストン
  • メイソン・ルセロ
  • ジェリー・ベッカー
  • ディナ・イーストウッド
  • ジューン・キョウコ・ルー

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