息もできない/ヤン・イクチュン

息もできない [DVD]

魂と魂のぶつかりあいをド直球で描く、孤独で不器用なアウトローたちのエレジー

「強烈なリアル感だ! ヌーベルバーグの時代にゴダールの 『勝手にしやがれ』が現れた衝撃と同じだろう」

と、映画監督の侯孝賢はこの『息もできない』(2009年)を激賞している。

そういえば、『勝手にしやがれ』(1959年)も『息もできない』も、英語タイトルは同じ『Breathless』。ふーむなるほど、ファッショナブルなニューウェーヴ系韓流映画か…と思われた紳士淑女の皆様!ご用心あれ。この映画に、ゴダール的オサレ感覚は皆無である。

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『勝手にしやがれ』(ジャン・リュック・ゴダール)

パリを舞台に、伊達男のチンピラ(ジャン・ポール・ベルモンド)とコケティッシュなアメリカン・ガール(ジーン・セバーグ)の恋と裏切りをスタイリッシュに描いた『勝手にしやがれ』に対し、『息もできない』は、タルトンネと呼ばれるソウル貧民街を舞台に、暴力でしか己を表現できない男と愛に飢えた少女の束の間の交流がヴィヴィッドに描かれている。

韓国語の原題を直訳すると“クソ蝿”。吐き気をもよおすほどの臭気、だからこそ『息もできない』。肥だめのようなスラムで、クソ蠅のように泥水をすすって生きるしかないチンピラの、オトコ臭漂いまくりの物語なんである。

本作の監督は、インディーズを中心に活動していた俳優のヤン・イクチュン。演出のみならず、製作、脚本、編集、主演までを担っている。

何でも途中で製作資金が途絶えてしまったために、家族や友人から金を借りまくり、しまいには家を引き払った保証金を充ててまで完成させたというから、その気合いの入り方はハンパなし。まさに入魂の映画監督デビュー作なり。

主人公のキム・サンフン(ヤン・イクチュン)が、平手で女を何度もハリ倒し続けるオープニング・シーンでも顕著なように、暴力シーンの呼吸やリズム感は、北野武のデビュー作『その男、凶暴につき』(1989年)に近接している。

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『その男、凶暴につき』(北野武)

しかし、北野武がバイオレンスを徹底的に純化させて皮膚感覚の痛みを観客に付与したのに対し、ヤン・イクチュンのそれは、時に愛情表現として現出する。まさにかつての梶原一騎的な、アナクロな世界観。孤独で不器用なアウトローたちのエレジー。

ヤン・イクチュンは、そんな痛々しい魂と魂のぶつかりあいを、今の日本映画では絶滅種に指定されないほどに、ストレートど真ん中な演出で描出してみせる。しかも、クスッと笑わせるユーモアも交えつつ。

『息もできない』が内包しているドロリとした重苦しい感情とは、 ヤン・イクチュンの韓国映画界に対する強烈なハングリー精神にほかならない。

DATA
  • 製作年/2009年
  • 製作国/韓国
  • 上映時間/ 130分
STAFF
  • 監督/ヤン・イクチュン
  • 製作/ヤン・イクチュン
  • 脚本/ヤン・イクチュン
  • 撮影/ユン・チョンホ
  • 美術/ホン・ジ
  • 録音/ヤン・ヒョンチョル
  • 編集/ヤン・イクチュン
  • 音楽/ジ・インヴィジブル・フィッシュ
CAST
  • ヤン・イクチュン
  • キム・コッピ
  • イ・ファン
  • チョン・マンシク
  • ユン・スンフン
  • キム・ヒス
  • パク・チョンスン
  • チェ・ヨンミン、オ・ジヘ

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