英国式庭園殺人事件/ピーター・グリーナウェイ

英国式庭園殺人事件 Blu-ray

ピーター・グリーナウェイが仕掛けた、数学的な機知遊び

ピーター・グリーナウェイは、様々なモチーフを意味深なオブジェとしてばらまいていく。

それは西洋絵画史という文脈によって読み解かれるものであり、なかなかその面白さは日本人には分かりづらいもののようだ(当然僕も、西洋絵画史なんてさっぱり分かりません)。

その資質を支えているものは、ウィットに富んだ数学的マインドセットである。だから「何だかキモイ」ということだけで彼の作品を片付けてしまうのは、あまりよろしくないのである。まあ、確かにペダンティックな演出がハナにはつくけど。

数学的思考による映像作家といえば、何をおいても鬼才スタンリー・キューブリック。カメラマンとしてそのキャリアをスタートさせた彼は、あらゆる事物を幾何学的に、均整のとれた構図でフレームにおさめていく。シンメトリーに対する偏愛ぶりにおいては、あるいは両者は似ているかも知れない。

しかし、あくまで西洋絵画の基礎教養を持ち合わせているグリーナウェイは、ドラマとして数学的な機知遊びを取り入れているのであって、キューブリックのような厳格な画面設計とは無縁。っていうか、かなり遊びの精神がある。

『英国式庭園殺人事件』(1982年)の作品のキーワードはズバリ“二項対立”。視認できるもの全てを、方眼紙で均等に区分して写実しようとする精神と、純粋に美なるものを追求しようとする精神は、決して融和することはない。

だから“美”そのものを、写実的に描こうとする主人公ネヴィルの姿勢は、この映画においては根本的な矛盾を抱えてしまっているんである。

派手な衣装に身をまとった貴族たちが醜悪に描かれていること、均整のとれた庭園の秩序を乱すべく現れる謎の道化者(隠し芸大会で銅像の役をやっているハナ肇みたいなキャラでした)、あらゆる二者対立の構造がこの映画を支えている根幹となっている。一見して、アンビバレントな印象を持つのはその為だ。

ハーバート伯爵が屋敷を留守にする14日間に、12枚の絵を描きあげたネヴィルが、ハーバート婦人との性的関係を続けたいがために13枚目の絵を描くことを提案し(13枚目…すなわち聖書におけるユダの裏切りを連想させる)、それによって自滅の道を選んでしまうのは実に暗示的。

絵画という美を追求する者が、自らの絵の中に「現実」を発見してしまい、それによって権力者によって葬り去られてしまうのだから。

グリーナウェイの監督初作品である本作は、自ら「ビジュアル・アーティスト」と呼ぶにふさわしいアーティスティックな映画ではあるけれども、どうも語り口がもったいぶっていていてリズムに乗れない。

ハーバート伯爵の死、ハーバート家の陰謀、それにまつわる人々の画策、12枚の絵画、あらゆる事象が数学的に収束していくことを期待していたんだが、どうも後半は単なる陰謀話で終わってしまったような気がする。

結局、我々は最後まで「読み解く」という絵画観賞的なアプローチを必要とされる。かくして道化者が最後に吐き捨てたパイナップルの味は、観客の想像に委ねられた。

DATA
  • 原題/The Draghtsman’s Contract
  • 製作年/1982年
  • 製作国/イギリス
  • 上映時間/108分
STAFF
  • 監督/ピーター・グリーナウェイ
  • 脚本/ピーター・グリーナウェイ
  • 製作/デヴィッド・ペイン
  • 撮影/カーティス・クラーク
  • 音楽/マイケル・ナイマン
  • 衣装/スー・ブレイン
  • 美術/ボブ・リングウッド
  • 編集/ジョン・ウィルソン
CAST
  • アンソニー・ヒギンズ
  • ジャネット・スーズマン
  • アン・ルイーズ・ランバート
  • ヒュー・フレイザー
  • ニール・カニンガム

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