エレファント/ガス・ヴァン・サント

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トレンチコートマフィア事件をモチーフにした、ナイーブな文科系少年・少女たちの物語

カンヌ国際映画祭で、史上初となるパルムドールと監督賞をW受賞した映画『エレファント』(2003年)は、サスペンスの生成という面で非常に面白い実験をしていると思う。

1999年、コロンバイン高校の生徒が12人の生徒と1人の教師を銃で乱射した、いわゆる「トレンチコートマフィア事件」をモチーフにしたこの映画では、高校が主たる舞台となり、ステディカメラが登場人物のひとりに寄り添うように移動していく。

ワンシーンが終わると、また別の登場人物視点へスイッチ。同一の場面を別視点で何度も繰り返すことによって、観客の脳内には校舎の見取り図がいつのまにかインプットされてしまう。この感覚はアドベンチャーゲーム的発想ともいえるだろう。

つまり、銃を乱射するアレックスとエリックが、「校舎内のどこに行けば誰と出くわすのか」が事前に分かる仕掛けになっている訳だ。

当然各々の主観的カメラ(本当は主観じゃないけど、あれだけカメラが人物に寄っていれば主観にもなるだろう)によって、キャラに感情移入している観客は、「いやーん、そっち行っちゃうとイーライが殺されちゃうよーん!!」と反応してしまう。彼らの一挙手一投足がサスペンスとなるのである。

ヒッチコックの代表作『サイコ』(1960年)を、カット割りからシナリオに至るまで完璧にリメイクしてみせたガス・ヴァン・サントのことだから、もともとサスペンス描写には人並み以上の関心があったのだろう。

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『サイコ』(ガス・ヴァン・サント)

ただ僕が気になるのは、それよりもキャラクターの人物造形だ。例えば、『パークライフ』(2002年)で芥川賞を受賞した作家・吉田修一は、映画のパンフレットで次のように書いている。

「1999年4月コロラド州コロンバイン高校での銃乱射事件を伝えるニュース映像を目にしたとき、まず衝撃を受けたのが、マイクを向けられインタビューに応じる生徒たちの、そのあまりの普通さ、というか、ダサさだった」

しかし、『エレファント』に出てくる高校生たちはダサくない。

『ドラッグストア・カウボーイ』(1989年)、『マイ・プライベート・アイダホ』(1991年)といったフィルモグラフィーで、リバー・フェニックスやマット・ディロンなど、水も滴る美少年たちを撮ってきたガス・ヴァン・サントよって慎重に選び抜かれた彼らは、多感なハイスクールデイズを体現し得る、ナイーブな文科系少年・少女たちである。

なんたって、アレックスは自宅のピアノでヴェートーベン弾いちゃうし、「僕、今までキスしたことないんだ」とか言ってシャワールームで親友エリックと唇を重ねちゃったりする。残酷なまでに哀しくも美しい思春期という季節を、ガス・ヴァン・サントはメランコリックかつ“やおい系”として紡ぎあげたのだ!

しかし、コロラド州コロンバイン高校のエリック・ハリスとディラン・クレボールド少年は、実際にはヴェートーベンではなくマリリン・マンソンを聴き、シャワールームでキスどころか事件直前の朝6時からボウリングに興じていた。

その後高校に出かけて銃を乱射、12人の生徒と1人の教師を殺害したのち自殺したのである(その史実は、マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002年)に詳しい)。

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『ボウリング・フォー・コロンバイン』(マイケル・ムーア)

全米を震撼させたコロンバイン高校銃乱射事件は、実際には移りゆく雲に心象風景を重ねられるような、静謐なドラマではなかったし、ポエティックで耽美的な物語でもなかった。

ゲイであることを自らカミング・アウトしているガス・ヴァン・サントは、『エレファント』を精妙な“やおい系”フィクションとして、己の色に染め上げたのである。

DATA
  • 原題/Elephant
  • 製作年/2003年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/81分
STAFF
  • 監督/ガス・ヴァン・サント
  • 脚本/ガス・ヴァン・サント
  • 製作/ダニー・ウルフ
  • 製作総指揮/ダイアン・キートン、ビル・ロビンソン
  • 音響/レスリー・シャッツ
  • 編集/ガス・ヴァン・サント
  • 撮影/ハリス・サヴィデス
  • 美術/ベンジャミン・ヘイデン
CAST
  • アレックス・フロスト
  • エリック・デューレン
  • ジョン・ロビンソン
  • エリアス・マコネル
  • ジョーダン・テイラー
  • ブリタニー・マウンテン
  • アリシア・マイルズ
  • ベニー・ディクソン
  • ティモシー・ボトムズ
  • マット・マーロイ

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