限りない映画愛とリスペクトに溢れた、スコセッシ流“映画史”
初めて『ヒューゴの不思議な発明』(2011年)の予告編を観たとき、『ナルニア国物語』(2005年)とか『レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語』(2004年)系の、直球ストレートな少年&少女ファンタジー映画かと思っていた。
しかし監督がマーティン・スコセッシと知って仰天し、しかも3D映画と知って吃驚し、第84回アカデミー賞で5部門にノミネートされたと聞いて驚倒。しかもノワール系評論家・滝本誠までが絶賛の声を上げたと聞いては「何が何でも見逃すまじ」と決意し、新宿バルト9までいそいそと出かけて行った次第。
ところが、鑑賞してさらに驚いた。『ヒューゴの不思議な発明』は、1930年代のパリを舞台にしたファンタジー映画と思わせつつ、実は限りない映画愛とリスペクトに溢れた、スコセッシ流『映画史』だったんである。
ジャン・リュック・ゴダールが、『ゴダールの映画史』(1998年)で膨大な古今東西の映画をパッチワークしたのと異なり、スコセッシは映画黎明期の歴史とビルディングス・ロマンを掛け合わせるという、大胆極まりない実験をしでかしている。
そもそもスコセッシがハリウッド屈指のフィルムメーカーであると同時に、希代のシネフィルであり、フィルムの保存と保護に熱心な人物であることは有名な話。
彼は、映画保存を目的とした非営利団体フィルム・ファンデーションの会長職も務めている。“世界初の職業映画監督”とも称されたジョルジュ・メリエスの半生をなぞりつつ、その偉業をたたえる映画を撮るというのは、いわばフィルモグラフィー的必然だったのだ。
リュミエール兄弟が、パリのグラン・カフェで『ラ・シオタ駅への列車の到着』(1895年)を映写し、カメラに向かってくる汽車を見て紳士・淑女が大騒ぎしたのは伝説的エピソードだが、スコセッシはギミック的演出で人生初の3Dを駆使し、「見せ物映画」の精神を21世紀に蘇らせんと企む。
映画の冒頭で、パリ上空を滑降するカメラが猛スピードでリヨン駅構内を突っ切って行くカットなんぞ、実に原初的な映画的興奮に満ちていて、3Dメガネ on メガネというマヌケ面をさらす僕のハートを踊らせたのだ。
しかし!作り手の真摯な思いとはウラハラに、『ヒューゴの不思議な発明』は何ともアンバランスな、全体の構成がデコボコしまくっている作品であることも確か。そもそも、映画黎明期の歴史 +ビルディングス・ロマンという欲張り設定が完全に破綻しまくり。
亡き父が遺した機会人形を修理することで、ヒューゴ少年(エイサ・バターフィールド)の孤独が癒され、ひいては不遇の晩年を過ごしていたジョルジュ・メリエス(ベン・キングズレー)の孤独が癒されるという筋立てなんだが、いまひとつ両者のエピソードがドラマ的に溶け合っておらず、水と油のごとく分離してしまっている。
リヨン駅の市井の人々(鉄道公安員のサシャ・バロン・コーエンとか、古本屋を営むクリストファー・リーとか)も、各々のキャラクターは活き活きしているんだが、ヒューゴ少年の冒険談と彼らの存在が有機的に結びついていないので、『アメリ』(2001年)的な「主人公の円環の中にいる登場人物たちの悲喜こもごも」感がまったく伝わってこない。
父の遺品であるノートをヒューゴからメリエスが取り上げて、燃やしたと嘘をつくエピソードは倫理的にヒドすぎるし、しかもそのノートがどうなったかは最後まで曖昧だし、クライマックスのヒューゴ&鉄道公安員の追いかけっこがあまりにもあっけなさすぎ。
おまけに、ヒューゴ少年を演じるエイサ・バターフィールド君の顔立ちが、ノーブルすぎて貧乏な孤児にはあまり見えないし…と、不平不満はいくらでも並べられる。まあ、イザベル役の“元ヒットガール”クロエ・グレース・モレッツちゃんの演技はサイコーなんですが。
だが、多くの瑕疵を抱える『ヒューゴの不思議な発明』は、それでも映画ファンなら映画館に駆けつけて観るべき作品であることも確か。だってスコセッシがメリエスを語る『映画史』なんですぜ。
かの『月世界旅行』(1902年)が3Dの大スクリーンに映されるだけで、いろいろひっくるめてオールオッケー!なんではなかろうか。
- 原題/Hugo
- 製作年/2011年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/126分
- 監督/マーティン・スコセッシ
- 製作/グレアム・キング、ティム・ヘディントン、マーティン・スコセッシ 、ジョニー・デップ
- 製作総指揮/エマ・ティリンジャー・コスコフ、デヴィッド・クロケット、ジョージア・カカンデス、クリスティ・デンブロウスキー、バーバラ・デ・フィーナ
- 原作/ブライアン・セルズニック
- 脚本/ジョン・ローガン
- 撮影/ロバート・リチャードソン
- プロダクションデザイン/ダンテ・フェレッティ
- 衣装/サンディ・パウエル
- 編集/セルマ・スクーンメイカー
- 音楽/ハワード・ショア
- ベン・キングズレー
- ジュード・ロウ
- エイサ・バターフィールド
- クロエ・グレース・モレッツ
- サシャ・バロン・コーエン
- レイ・ウィンストン
- エミリー・モーティマー
- ヘレン・マックロリー
- クリストファー・リー
- マイケル・スタールバーグ
- フランシス・デ・ラ・トゥーア
- リチャード・グリフィス
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