おおかみこどもの雨と雪/細田守

おおかみこどもの雨と雪 BD(本編1枚+特典ディスク1枚) [Blu-ray]

コミュニケーション不全に陥った我々のねじくれたハートを、優しく解きほぐし、柔らかく包み込む、肯定力全開ムービー

細田守は、世界を祝福する。どれほど世の中が不信に満ちていようと、災厄が降りかかろうと、厳然たる態度で我々が住むこの世界を慈しむ。

細田守という映画作家を支える屋台骨、それは初々しいまでに愚直な“肯定力”だ。揺るぎないその信念が、コミュニケーション不全に陥った我々のねじくれたハートを、優しく解きほぐし、柔らかく包み込んでくれるのである。

自分の身近で子供ができた夫婦が増えてきて、親になった彼ら、特に母親がカッコよく、輝いて見えました。それで子育ての話を映画にできないかなと思ったんです

と、細田は『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)の着想のきっかけを語っている。

児童虐待、育児放棄といったネグレクト問題が蔓延するこのご時世に、直球な題材を直球アプローチで描こうというのだから、恐れ入る。

かくして完成した本作は、僕のやさぐれマインドをも容易く溶解する、肯定力全開ムービーだったのだ!

『劇場版デジモンアドベンチャー』(1999年)に始まり、『時をかける少女』(2006年)、『サマーウォーズ』(2009年)とサービスの限りを尽くしたかのような娯楽大作をリリースしてきた細田守にとって、『おおかみこどもの雨と雪』はいよいよ彼の作家性・資質が全面展開された映画といっていいだろう。

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『劇場版デジモンアドベンチャー』(細田守)

宮崎駿映画のベストワンに、彼は『となりのトトロ』(1988年)を挙げているが、その理由が「何も特別なことが起こらないから」。

ダイナミックなアクションを一切排した、非アニメ的(いや、細田守にとってはそれこそがアニメ的なんだろうが)手つきこそ、彼が信奉するアニメーション・スタイルなのだ。

『おおかみこどもの雨と雪』もまた、何気ない日常の一コマに職人的技術と研ぎすまされた演出が施された、非アニメ的アニメである。

冒頭10分程度は、ほぼセリフなし・劇伴のみの演出で花とおおかみおとことの恋を描いてみたり、“人物の生活感”というアニメでは表現しにくいリアリティを確保するために、わざわざスタイリストの伊賀大介を衣装として起用してみたり、小学校の学年が次々と変わることによって、時の移ろいをワンカット表現してみたり。とにかく芸が細かい。

何せ、アニメとしては異常なほどにヒキの画が多いし、ワンカットが長い。まるで実写のような…そう、細田が敬愛する映画監督・相米慎二を意識したかのような…映像設計なのだ。

そういや、共同で脚本を担当している奥寺佐渡子は、相米慎二の『お引越し』(1993年)を手がけている。嵐の吹きすさぶなか、子供達が校舎に閉じ込められる、という設定は思いっきり『台風クラブ』(1985年)。実はコレ、相米慎二オマージュ映画なのか?

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『台風クラブ』(相米慎二)

だが『おおかみこどもの雨と雪』は、『台風クラブ』のように、“子供達のある一日”をきりとった作品ではない。恋愛、出産、子育て、親離れ…と、足掛け13年にもおよぶ、壮大な物語なのだ。

細田守は影響を受けた映画として、ビクトル・エリセの『ミツバチのささやき』(1972年)を挙げている。これは、フランケンシュタインの幻想から端を発し、内向的な少女アナが少しずつ世界を認識していくという、“通過儀礼”の物語だった。

『おおかみこども』もまた、「人間として生きるのか、狼として生きるのか」という究極の選択を迫られた少年・少女たちの、気高い通過儀礼をしっかりと描ききったという点で、賞賛に値するものと思われます。

という訳で、はじまりから終わりまで涙腺緩みっぱなし、問答無用で傑作!と断言してしまいたくなる『おおかみこどもの雨と雪』なんだが、同時に僕は、「子育ての経験のある母親がこの作品を観たら、少なからず嫌悪感を感じるのでは?」という懸念も抱いてしまった。

子育てというハードワークが、少なからずファンタジーとして昇華されてしまっているし、そもそも花が「オトコにとっての理想の母親像」としてカリカチュアされすぎている(なんつったって、優しい・怒らない・可愛いの三大要素を兼ね備えているんだぜ!)。

どんな艱難辛苦もラブリーフェイスで切り抜ける姿には、「子育て舐めんなよ!」という鼻息荒いママたちの声が聞こえてきそうである。それは農家の老爺・韮崎の「笑うな!」という一喝にも通じるのだろうが。

3DCGによって細密に表現された、実写と見間違うばかりの背景美術にも、個人的にはいまひとつしっくりこない。キャラクターと背景のリアリティ・レベルが違いすぎて、ひとつの絵に混在していることに違和感を感じまくりであった。

だがアニメーションの説話法的にも、ビジュアル・エフェクト的にも、この作品によって細田守がさらなる高みで“肯定力”を発揮せんとしていることは、ビンビンに伝わってくる。

僕たち映画ファンは、ポスト宮崎駿として細田守を召還することに、名実共に成功したのだ。

DATA
  • 製作年/2012年
  • 製作国/日本
  • 上映時間/118分
STAFF
  • 監督/細田守
  • 脚本/細田守、奥寺佐渡子
  • 原作/細田守
  • キャラクターデザイン/貞本義行
  • 作画監督/山下高明
  • 美術監督/大野広司
  • 音楽/高木正勝
  • 製作指揮/城朋子
  • エグゼクティブプロデューサー/奥田誠治
  • プロデューサー/齋藤優一郎、伊藤卓哉、渡邊隆史
  • アソシエイトプロデューサー/川村元気、村上泉
  • 色彩設計/三笠修
  • CGディレクター/堀部亮
  • 美術設定/上條安里
  • 衣装/伊賀大介
  • 劇中画/森本千絵
  • 編集/西山茂
CAST
  • 宮崎あおい
  • 大沢たかお
  • 黒木華
  • 西井幸人
  • 大野百花
  • 加部亜門
  • 平岡拓真
  • 林原めぐみ
  • 中村正
  • 大木民夫
  • 染谷将太
  • 谷村美月
  • 麻生久美子
  • 菅原文太

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