78歳の巨匠・鈴木清順が創り上げた、極彩色のフィルムノワール
ふつう映画監督というものは、積み重ねてきた齢と比例してその作品も成熟していくものだが、我らが鈴木清順は特例のようだ。創造のマグマはいよいよもってスパークし、成熟どころかルール無用の暴走フェーズに突入。
『ツィゴイネルワイゼン』(1980年)、『陽炎座』(1981年)、『夢二』(1991年)の 大正三部作で、デカダンな様式美を構築した清順は、『ピストルオペラ』(2001年)でより攻撃性に拍車をかけた。78歳の巨匠が創り上げた「極彩色のフィルムノワール」は、ポップなアイコンをちりばめた軽快ムービーだ。
原色バリバリの照明、ヌーヴェルバーグも真っ青なジャンプカット、ダヴ・ミックスのBGM。主演の江角マキコすら和服にブーツという素っ頓狂なカッコウである。時代設定すら超越した(とりあえず現代らしいが)夢幻世界に、我々は否応無しに誘われる。78歳にしてこのアバンギャルドな感覚。クヤシイが僕よりも若い。
映像はさながら万華鏡のように、きらびやかな変化に満ちている。しかしお話といえば、ドラッグ中毒者が完全トリップ状態で乱筆したかのごとくアッパラパーだ。
主役の殺し屋・野良猫が所属している殺し屋組織“ギルド”が、相撲の番付表のように殺し屋のランキングを発表しているという設定からして意味不明。しかも皆おかしな渾名ばかり!ちょっとその一部を紹介いたしましょう。
二位 昼行灯の萬
三位 野良猫
四位 生活指導の先生
五位 無痛の外科医
六位 宴会部長
七位 長町場の賀籠屋
八位 蛇ばら
さて、注目すべきは脚本を担当している伊藤和典の存在。押井守の『機動警察パトレイバー2』(1993年)、『Ghost In The Shell 攻殻機動隊』(1995年)、金子修介の『平成ガメラ』シリーズなど、アニメ・特撮界で第一線で活躍する彼が『ピストルオペラ』のシナリオを担当すると聞いて驚いた。
綿密な考証を元に、リアリティー溢れるシナリオ・ワークを得意とする伊藤和典と、内容を凌駕してビジュアルが作品全体を支配してしまう清順爺。対極の存在といってもいいこの二人が手を組むということは、さながら異種格闘技戦のような趣きなのである。
伊藤和典自身、すっかり定着してしまった「リアルな世界観を構築する」脚本家というイメージを打破したいという気持ちがあったらしい。明らかに今までの作品とは一線を画す脚本は、伊藤和典が本来持っている資質を発揮するのではなく、伊藤和典という存在を抹殺した上で鈴木清順ワールドにアプローチした印象が拭えない。
伊藤和典の方が鈴木清順サイドに歩み寄りすぎた。二人がもっと反発や葛藤してくれれば、化学反応をおこしてもっと新しい作品世界が開けたに違いないのに。清順へのリスペクトが強すぎたか?
もうひとつの誤算は主演の江角マキコ。タッパがあってガタイのいい彼女が、しなやかでコケティッシュ(にしたかったんだろう)な殺し屋「野良猫」を演じるというのは、明らかにキャスティング・ミス。どちらかと言うとユニセックスな印象が強い彼女からは、一人でオナニーにふけるシーンや山口小夜子とのカラミが全然エロティックにみえてこない。
もともとこの映画は鈴木清順の代表作のひとつ、『殺しの烙印』(1967年)のリメイクの意味合いが強かったらしいが、完成した映画は本家・宍戸錠氏もビックリのパラレル・ワールドである。
日本にもこんなにファンキーなジジイがいるのだから、世の中は面白い。鈴木清順は高齢化社会の希望の星だ。
- 製作年/2001年
- 製作国/日本
- 上映時間/112分
- 監督/鈴木清順
- 製作総指揮/小澤俊晴、宮島秀司、石川博、菅原章
- プロデューサー/小椋悟、片嶋一貴
- アソシエイト・プロデューサー/関根康、深田誠剛、菅沢正浩、神田裕司
- 脚本/伊藤和典
- 撮影/前田米造
- 音楽/こだま和文
- 美術/安宅紀史
- 編集/鈴木晄
- 江角マキコ
- 山口小夜子
- 韓英恵
- 平幹二朗
- 永瀬正敏
- ヤンB・ワウドストラ
- 渡辺博光
- 加藤善博
- 柴田理恵
- 青木富夫
- 樹木希林
- 加藤治子
- 沢田研二
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