サイコ/アルフレッド・ヒッチコック

『サイコ』は、ヒッチコックの最大の実験作である。

かつて『ロープ』で、全編ワンショットという大冒険をやらかしたヒッチ先生であるが、この作品はその比ではない。何せ、ヒロインが映画中盤で惨殺されてしまうのだから!

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故に公開当時、映画館は観客の途中入場を禁止したほど。「この映画の結末は誰にもしゃべらないで下さい」というのは、今や使い古された感のある陳腐な売り文句だが、その先駆けとなったのがこの『サイコ』なのである。

『サイコ』といえば、パブロフの犬のごとく条件反射で語られるのが、例の「シャワーシーン」だろう。45秒の間に、70回ものポジション・チェンジしたカットが挿入されたこのシーンは、ヒッチコックの流麗な演出テクニックの一端を示すものとして評価が高い。まさにモンタージュのお手本である。みんな誉めるが、僕も誉めます。

血を赤い色で見せたくなかったという理由で、カラーでなくモノクロに踏み切ったわけだが、その効果はテキメンである。凄惨になりうるシーンが程よく中和され、よりシャープでクールなイメージが強調された。このあたりの映像設計はタダモノではない。

モノクロにはもうひとつの理由がある。『サイコ』全編を貫くイメージは光と闇の二重性だ。ヒロインのマリオンは不動産会社の秘書として地味に働いていたが、恋人サムとの結婚資金欲しさに四万ドルを横領する。彼女は犯罪者として、闇の世界に身をおとすのだ。

アンソニー・パーキンス演じる本編の主人公ノーマン・ベイツもモーテル経営者という昼の顔と、シリアル・キラーとしての夜の顔を持ち合わせている。

さらに言及するなら、モーテルに飾られている鳥の剥製たちは、人間の闇を現すメタファーであるとも言えるだろう。視覚的な明暗のコントラストはモノクロという形をとって表現される。それは至極当たり前のロジックだ。

もうひとつ印象的に使われているのが「鏡」である。人間の二面性を最も端的に、視覚的に強調するオブジェクトだ。

登場人物が光と闇、善と悪、主観と客観、二律背反する感情を抱いた時に「鏡」は出現する。人間は誰しも犯罪者になる要素があるのだ、と言わんばかりのヒッチコックのアイロニーがみてとれる。

『サイコ』はヒッチコックの偉大なフィルモグラフィーの中でも最もスタイリッシュな一編である。他の作品に見受けられる独特な諧謔精神や、主人公とヒロインとのベタベタした恋愛描写もない。冷徹な視点で描かれた語り口には、ショッカーに徹しようというヒッチ先生の意気込みが感じられる。

『裏窓』(1954年)や『北北西に進路を取れ』(1959年)の語り口は、ソフトで口当たりがいいが、『サイコ』は決して甘口の作品ではない。一流のシェフであるヒッチコックが、この料理にブレンドさせたスパイスは辛口で強烈だ。

その見事な具現者がノーマン・ベイツである。犯罪者が魅力的であればあるほど、ミステリーは輝きを増すことを、本作は雄弁に物語っている。

『サイコ』は、アブノーマルな感覚とロジカルな演出が見事に結実した映画だ。この精神が引き継がれたのが、晩年の怪作『フレンジー』であると僕は思うのだが、皆さんはいかがでしょう。

DATA
  • 原題/Psyco
  • 製作年/1960年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/109分
STAFF
  • 監督/アルフレッド・ヒッチコック
  • 製作/アルフレッド・ヒッチコック
  • 原作/ロバート・ブロック
  • 脚本/ジョゼフ・ステファノ
  • 撮影/ジョン・L・ラッセル・ジュニア
  • 音楽/バーナード・ハーマン
  • 編集/ジョージ・トマシーニ
CAST
  • アンソニー・パーキンス
  • ヴェラ・マイルズ
  • ジョン・ギャビン
  • マーティン・バルサム
  • ジョン・マッキンタイア
  • サイモン・オークランド
  • ジャネット・リー

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