切腹/小林正樹

切腹 [Blu-ray]

日本映画の“華”である時代劇は、嵐寛寿朗・市川右太衛門、大河内傳次郎、片岡千恵蔵、月形龍之介、阪東妻三郎、林長二郎ら七剣聖と呼ばれるスターを擁し、戦後に黄金期を迎えた。

内容がコテコテの勧善懲悪ものであるがゆえに、大衆は拍手喝采を贈ったのだが、やがて安保闘争が激化の一途を辿る60年代を迎えると、時代に呼応してアナーキーな時代劇が数多く作られるようになる。

小林正樹監督が手がけた初の時代劇『切腹』もまた、闇の時代に産み落とされた鬼子のような逸品だ。

『切腹』の凄さは、「そもそも武士とは何ぞや?武士道とは何ぞや?」という根本的な問いを、回想形式を踏まえたディスカッション・ドラマとして構築してしまったことにある。要は時代劇が時代劇そのものを問い直す構造になっている訳で、メタ視点による脱構築時代劇なのだ。

物語は、津雲半四郎(仲代達矢)と名乗る老浪人が井伊家の江戸屋敷を訪ねてきたことに始まる。太平の世の中で仕官もままならず、爪に火をともすような生活にも限界が来たので、屋敷の庭先を借りて武士らしく切腹させてほしい、という願い出だった。

話を聞いた家老の斎藤勘解由(三國連太郎)は「またか!」と困惑顔。実はコレ、いくばくかの金銭にありつこうとする食い詰め浪人たちのゆすり手法だったのだ。

勘解由は、最近も千々岩求女(石浜朗)と名乗る素浪人が同様の申し出をしたが、ゆすりたかりには絶対に屈しないことを内外に知らしめるため、本当に腹を切らせた話を半四郎に聞かせる。実は千々岩求女は半四郎の娘婿だった。

生まれたての赤子が高熱を出したが医者にみせる金もないため、思い悩んだ末に彼は切腹すると一芝居をうち、井伊家を訪れたのだった。半四郎は、武士道の名の下に彼を死に追いやったことを激しく難詰する。

自ら切腹を望んだ浪人に対し、武士らしい死の場所を与えたことに何ら落ち度はない!むしろ切腹の用意をした途端、一両日の暇をくれという求女の言動こそ血迷っている!と一刀両断のもとに斬り捨てる勘解由(三國連太郎の悪辣な演技が光ってます)に対し、半四郎は

「なるほど求女は血迷うた。しかし、よくぞ血迷うた!拙者褒めてやりたい。如何に武士と言え、所詮は血の通う人間、霞を食って生きていけるものでもない。求女ほどの男でも、土壇場に追い詰められれば妻子ゆえに」

と擁護する。妻子を救わんとする人間としての当たり前の行為すら、武士道という異様なタテマエの前ではいかに無力かをつまびらかにするのだ。

骨太かつ緻密な橋本忍のシナリオは、いつものごとく抜群の構成力を見せつけているが、『切腹』ではそれに輪をかけて、「人間の尊厳」という根源的なイシューにも踏み込み、ディスカッション・ドラマとして揺るぎない堅牢さを誇っている。いやーホント、この脚本には心底シビれました。

殺陣がリアル指向ではなく表現主義的なのも面白い。津雲半四郎演じる仲代達矢の、両腕をクロスさせる剣法はほとんどウルトラマンの必殺光線みたいなポーズだったりするし、終盤の大立ち回りは、極めて歌舞伎的な動き方だったりする。

丹波哲郎演じる凄腕剣士との決闘シーンでは、強風吹きすさぶなか荒野で真剣勝負が行われ(スリルを出す為に、本物の刀が使われたらしい!)、斜め構図や演者のアップの多用によって、異様な迫力が付与されている。

ちなみにこの映画、三池崇史監督が『一命』(2011年)というタイトルでリメイクしております。主役の津雲半四郎を演じているのは、平成の火野正平こと市川海老蔵。

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『一命』(三池崇史)

「うーん、いくら何でもオリジナルに比べて若すぎるキャスティングなり」と思っていたら、実は撮影当時の仲代達矢の年齢は28さーい!!どんだけ老成してるんだ仲代達矢!!

DATA
  • 製作年/1962年
  • 製作国/日本
  • 上映時間/133分
STAFF
  • 監督/小林正樹
  • 製作/細谷辰雄
  • 製作補/岸本吟一
  • 脚本/橋本忍
  • 原作/滝口康彦
  • 撮影/宮島義勇
  • 音楽/武満徹
  • 美術/戸田重昌、大角純平
  • 照明/蒲原正次郎
  • 編集/相良久
  • 衣裳/植田光三
CAST
  • 仲代達矢
  • 石浜朗
  • 岩下志麻
  • 丹波哲郎
  • 三島雅夫
  • 中谷一郎
  • 佐藤慶
  • 稲葉義男
  • 井川比佐志
  • 三國連太郎

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