ゼア・ウィル・ビー・ブラッド/ポール・トーマス・アンダーソン

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド [Blu-ray]

ポール・トーマス・アンダーソン、略して「PTA」と呼ばれるこの天才監督は、弱冠26歳のときに撮り上げたデビュー作『ハードエイト』を皮切りに、ポルノ業界の内幕を描いた『ブギー・ナイツ』、10人以上の男女が入り乱れる群像劇『マグノリア』、オフ・ビートなラブストーリー『パンチドランク・ラブ』と、一作ごとに題材を刷新させながら、映画史にその名前を刻み続けてきた。

痛烈な社会批評精神、長廻しの多用、数多くの人物が登場して物語を拡散させていく手法。その作風は、まさにポスト・ロバート・アルトマンの名にふさわしい。

実際ロバート・アルトマンが、遺作となった『今宵、フィッツジェラルド劇場で』の撮影時、自分の体調が急変して撮影続行が困難になった場合の保険として、ピンチヒッターに指名したのがポール・トーマス・アンダーソンだったのは有名な話。

今宵、フィッツジェラルド劇場で [DVD]
『今宵、フィッツジェラルド劇場で』(ロバート・アルトマン)

巨万の富を得ようとする石油屋の半生を描いたこの『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』でも、クレジットの最後にロバート・アルトマンへの献辞が捧げられている。

しかし、そのタッチはかつてのアルトマン的群像劇に非ず。ケレン味溢れるいつものPTA節をあえて封印し、叙事的な年代記を抑制の利いた語り口で綴ってみせる。

むしろ僕はこの映画を観て、スタンリー・キューブリックを強烈に意識した。横幅の広いシネマスコープの特性を活かし、ダイナミックな手持ち移動のショット(油井が炎に包まれるシーン)や、圧縮されたレンズで空間が左右対称になっているショット(最後のボウリング場のシーン)など、キューブリック的素描が満載。

そういや、JH少年を演じるディロン・フリーシャーくんも、『シャイニング』(1980年)のダニーとどことなく顔立ちが似てますな。

原作は、1927年に上梓されたアプトン・シンクレアによる小説『石油!』。「黒いゴールドラッシュ」と呼ばれた石油採掘ブームを時代背景に、血縁の相克、宗教的対立など、ドス黒い狂気が練り込まれている。

石油!
『石油!』(アプトン・シンクレア)

ポール・トーマス・アンダーソンは、そんな血まみれの寓話を映像化するにあたって、冒頭の15分間、ダニエル・デイ=ルイス演じる石油王ダニエル・プレインビューが、石油を掘り当てるまでの孤独な作業を、完全なサイレント映画として構築してみせた。コアな映画ファンなら、このオープニングだけで映画的興奮MAX状態を味わえることだろう。

さらに感銘を受けたのは、ジョニー・グリーンウッドによる重厚なスコア。小生、ちょっと近年にないくらいに衝撃を受けました。

冒頭から鳴り響くドス黒い不協和音。油井の火事のシーンでかぶさる、ポリリズミックなドラム音。しかもラストで流れるのは、ブラームスの「ヴァイオリン協奏曲」第3楽章と来たもんだ。

言わずもがな、ジョニー・グリーンウッドはレディオヘッドの中核メンバーだが、映画のサウンド・トラックを手がけたのはこれが初めて。

ロックバンド経由の映画音楽家といえば、ダニー・エルフマンの名前が真っ先に挙がるが、グリーンウッドの底知れぬ才能はエルフマンをも上回るかもしれない。

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド
『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド オリジナル・サウンドトラック』(ジョニー・グリーンウッド)

この映画では、主役であるはずのダニエル・プレインビューのバックグラウンドは、何一つ提示されない。ポール・ダノ演じる狂信的神父に対し、あからさまに敵対的な態度をとることから、キリスト教に何かしらの不信感を抱いていることは想像できるのだが、それが何なのかはサッパリ分からない。

これだけの成功者にも関わらず、極端に女性関係が明示されないことから、性的不能者ではないかという疑いも出て来るのだが、これまたサッパリ事実が判明しない。

弟と名乗る男がオンナと一緒に騒ごうみたいな話をすると、ダニエルが彼の出自に不審を抱くシーンがインサートされていることから忖度するに、かつてプレインビュー家では宗教的な理由で少年の生殖器をチョン切っていたんではないか、とあらぬ想像すらしてしまう。

ポール・トーマス・アンダーソンは、一代で石油王に上り詰めた男のドラマを描くにあたって、内面描写をすっぱりオミットするという暴挙に打って出た。このオルタネイティブな試みこそPTA流。

もちろんこの決断によって、映画的な深みが醸成されなかったという反論もあるだろう。しかしこの映画が有する硬質な手触りは、徹底した内面描写の除去によって保証されている。

石油というドス黒い血にまみれたこのフィルムは、なんぴとたりとも迂闊に近づけない異様な殺気を放っている。

DATA
  • 原題/There Will Be Blood
  • 製作年/2007年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/158分
STAFF
  • 監督/ポール・トーマス・アンダーソン
  • 製作/ジョアン・セラー、ポール・トーマス・アンダーソン、ダニエル・ルピ
  • 製作総指揮/スコット・ルーディン、エリック・シュローサー、デヴィッド・ウィリアムズ
  • 脚本/ポール・トーマス・アンダーソン
  • 撮影/ロバート・エルスウィット
  • 衣装デザイン/マーク・ブリッジス
  • 編集/ディラン・ティチェナー
  • 音楽/ジョニー・グリーンウッド
  • 美術/ジャック・フィスク
CAST
  • ダニエル・デイ=ルイス
  • ポール・ダノ
  • ケヴィン・J・オコナー
  • キーラン・ハインズ
  • ディロン・フリーシャー
  • バリー・デル・シャーマン
  • コリーン・フォイ
  • ポール・F・トンプキンス
  • デヴィッド・ウィリス
  • デヴィッド・ウォーショフスキー
  • シドニー・マカリスター
  • ラッセル・ハーヴァード

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