ゼロの焦点/犬童一心

業を背負い、過酷な現実を生き抜いていくことを運命付けられた女性たち

【思いっきりネタをばらしているので、未見の方はご注意ください。犯人もバラしてますので。】

北陸の空を覆い尽くす分厚い雲、荒れ狂う日本海、そして断崖絶壁。今やパロディーとも化している“サスペンスドラマあるある”が、『ゼロの焦点』にはこれでもかと詰まっている。

逆に言えば、サスペンスの雛形になるぐらい松本清張作品は、デファクト・スタンダードってこと。事件の真相に近づいた脇役はアッサリ殺されるし、頭の悪そうな警察はチャンと一足遅く現場にやって来る。もはやこれは絶対強度の揺るぎないテンプレートなのだ。

’61年に公開された野村芳太郎監督バージョンから48年の月日を経て、松本清張生誕100周年記念作品として製作された『ゼロの焦点』。

『ゼロの焦点』(松本清張)

その演出を任された犬童一心は、自身初となるサスペンス映画を作るにあたって、田宮二郎主演の『黒シリーズ』に代表される大映ドラマの画作りを参考にしたという。

不安感を増幅させる独特のフレーミング、白黒の強烈な陰影。ストーリーテリングだけではなく、ビジュアル面においても、過去の偉大なる遺産が活用されたんである。

だが、使い古されたテンプレートを今風にリプレースしただけでは、単なる社会派サスペンス映画へのオマージュに過ぎず。そこで犬童一心は昭和史の闇をえぐりだすにあたって、真犯人である室田佐知子(中谷美紀)のキャラクター設定を巧みに組み替えてみせる。

彼女は米兵相手に売春行為をして日銭を稼いでいた“パンパン”だったが、やがて金沢の有力企業・室田耐火煉瓦株式会社の社長夫人という座を手中におさめ、豪勢な暮らしを続けている。

佐知子は過去の自分の経歴を知る者を次々に手をかけていくのだが、それは単に今の状況を維持するためではなく、男性主導原理から社会が解放され、女性たちが積極的に自活できる世の中を作りたい、という夢を実現させたいが為なのだ。

実際、彼女が殺害したのは全て男たち。木村多江演じる田沼久子は、あくまで投身自殺であることに注意!

連続殺人事件の背景が、過去の忌まわしい経歴を隠蔽しようとする犯人の生い立ちにあるというのは、『砂の器』にも通じるモチーフ。

『ゼロの焦点』では物語構造がさらに進化して、「女性が男性社会に復讐する物語」に。そう、これは戦争が残した大きな爪痕によって、人生の歯車を狂わされてしまった女性による、アナザー・サイド・オブ・昭和史なのだ。

だからこそ映画のラストでは数十年経った現代の街並みが映し出され、昭和と平成という2つの時代を対照せしめているんである。

広末涼子&中谷美紀&木村多江という三大女優の華麗な競演が本作の売りになっているが、ハッキリ言って中谷美紀の狂気にも似た壮絶演技が凄すぎて、他の2人の存在感はかすみっ放し。

「エミー!エミー!」と絶叫しながら家の柱に頭を何度も叩き付け、電気がパッと点くと血まみれの中谷美紀が映し出されるシーンなんぞ、ほとんどダリオ・アルジェント風イタリアン・ホラーの域。ここまで血が似合う女優とは思わなんだよ。

『ジョゼと虎と魚たち』(2003年)にしろ、『メゾン・ド・ヒミコ』(2005年)にしろ、犬童映画のヒロインたちは、多かれ少なかれ業を背負って過酷な現実を生き抜いていくことを運命付けられている。

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『ジョゼと虎と魚たち』(犬童一心)

中谷美紀は、そのヒロインの系譜にあって特異な地位を占めることになるだろう。体中切り傷だらけという強烈な外貌ではなく、その圧倒的なまでに哀しい存在であることによって。

DATA
  • 製作年/2009年
  • 製作国/日本
  • 上映時間/131分
STAFF
  • 監督/犬童一心
  • 原作/松本清張
  • 脚本/犬童一心、中園健司
  • 製作総指揮/島本雄二、島谷能成
  • 製作/本間英行
  • 企画/雨宮有三郎
  • エグゼクティブプロデューサー/服部洋、白石統一郎、市川南、梅澤道彦
  • 撮影/蔦井孝洋
  • 美術/瀬下幸治
  • 録音/志満順一
  • 照明/疋田ヨシタケ
  • 編集/上野聡一
  • 音楽/上野耕路
CAST
  • 広末涼子
  • 中谷美紀
  • 木村多江
  • 杉本哲太
  • 崎本大海
  • 野間口徹
  • 黒田福美
  • 本田博太郎
  • 西島秀俊
  • 鹿賀丈史

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