未来派野郎/坂本龍一

フィジカルに”汗”を感じさせる、「速度の美」を称揚したロック・スピリッツ・アルバム

坂本龍一は、

20世紀の芸術運動の歴史をもう一度見直すと、シュールレアリスムよりもダダイズムよりも前にあったのが、ミラノ発の未来派。テクノロジーや車とか、それらを象徴すつ力とスピードということから20世紀が始まったという視点が面白かった。

と回想している。

「未来派」とは、20世紀初頭にイタリアを中心として起こった、アヴァンギャルドな芸術運動のこと。1909年にイタリアの詩人、フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティが『未来主義創立宣言』なるものを著しているが、そこで彼はこんな一節を書いている。

機銃掃射をも圧倒するかのように咆哮する自動車は、サモトラケのニケよりも美しい

「未来派」はまず何よりも、「速度の美」を称揚したのだ。何でも坂本は『未来派野郎』(1986年)の製作に入る前に、レッド・ツェッペリンの全アルバムを聴き直したらしいが、このアルバムに通底しているのは、ビートがサウンドを牽引する圧倒的な速度感である。

レッド・ツェッペリン
『Led Zeppelin』(レッド・ツェッペリン)

一言で言ってしまえばそれはロック・スピリッツということになってしまうのだけれど、フェアライトCMI IIIによる金属音を主体にしたサウンドは、アートティフィシャルなドライヴ感に満ちている。

何せ1曲目の『ブロードウェイ・ブギ・ウギ』から、ブルースコードを使用したブギ・ウギ・ナンバーだ(ちなみにインサートされている男女の会話は、映画『ブレードランナー』(1982年)のセリフをサンプリングしたもの)!

ブレードランナー ファイナル・カット [Blu-ray]
『ブレードランナー』(リドリー・スコット)

後に中谷美紀がカバーしたM-3『Ballet Mecanique』も、後半部のエレキ・ギターがギュインギュインと唸りをあげているし、M-6『ヴァリエティ・ショウ』、M-7『大航海』はヒッピホップ・ビートを大胆に取り入れ、ラストを飾る『G.T.』はおっそろしくBPMの速いナンバーに仕上がっている。

徹頭徹尾メロディーにこだわった『音楽図鑑』(1984年)の反動からか、クールな熱血というか、理知的なスポーティー感というか、とにかく『未来派野郎』はフィジカルに”汗”を感じさせるアルバムだ。

実際、『未来派野郎』をひっさげて行ったソロ・ツアー・ライヴでは、所狭しと汗をかきながら演奏に没頭する教授の姿があったそうな(僕は未見ですが)。

…が、しかし。個人的にこのアルバムで僕が一番愛聴しているのは、清涼感のあるシーケンスフレーズが印象的な『黄土高原』や、プッチーニのオペラのような『Parolibre』だったりする。

破壊的な行動を讚美する未来派運動は、結局イタリア・ファシズムに吸収され、ヨーロッパを戦火の恐怖に陥れる遠因ともなった。坂本の資質的にも、「未来派」というキーワードは、アンチ・サカモトへのチャレンジングなアプローチだったんではないか。

結局のところ、僕がしっくり馴染むのはビートレスな非ロック・サウンドなんである。

DATA
  • アーティスト/坂本龍一
  • 発売年/1986年
  • レーベル/ミディレコード
PLAY LIST
  1. ブロードウェイ・ブギ・ウギ
  2. 黄土高原
  3. Ballet Mecanique
  4. G.T.II°
  5. Milan,1909
  6. ヴァリエティ・ショウ
  7. 大航海
  8. ウォーター・イズ・ファイフ
  9. Parolibr
  10. G.T.

アーカイブ

メタ情報

最近の投稿

最近のコメント

カテゴリー