私見だが、あくまで『エクソシスト』は悪魔払いについての映画であって、ホラー映画ではない。
惨殺死体や血しぶきなど、我が目を覆う直接的スラッシャー描写は皆無だし、そもそも悪霊パズズがいたいけな少女に乗り移るだけで、他の人間に対して危害を加えようとはしない。この映画には恐怖を恐怖たらしめる「核」が存在しないのだ。
むしろ「口汚い言動や乱暴をふるう娘を何とか治療させようとする」というプロットは、家庭内暴力ドラマ『積木くずし』(1983年)的。
さしずめリーガンは高部知子で、クリスは前田吟か?『エクソシスト』は、突然悪魔に憑かれた娘を何とか救わんとする、肉親のたゆまぬ格闘と葛藤を描いた作品なんである。
さらに物語は、現代人が抱える闇を露悪的に暴いていく。例えば映画の狂言廻しとも言うべきカラス神父(ジェーソン・ミラー)は、バーでポツリと「僕は信仰さえ失ってしまった…」とつぶやく。
たった一人の肉親である母親は病にふせっており、金銭的問題から満足に看病することができない。神の言葉を伝えて多くの人々を救うべき立場にある神父が、自分の母親さえ救えない境遇にいらだちを覚えるのだ。
原作は、1949年にメリーランド州マウント・レイニアで実際に起きたと言われる悪魔憑き事件を小説化した、ウィリアム・ピーター・ブラッティの同名ベストセラー。これを下敷きにブラッティ自らシナリオを書き、見事アカデミー最優秀脚本賞を受賞した。
オカルトをモチーフにした作品がオスカーに輝いたのは極めて異例だが、単なる虚仮威し映画に失墜させず、あくまで人間ドラマとしてリアリティーを確保したことが、映画芸術科学アカデミー会員のハートを捉えたのだ。
イラクにいたはずの悪霊パズズが、なぜ遠く離れたアメリカのジョージタウンにやってきたのか?…とか、いくら悪魔憑き状態とはいえ、首が360°回転したらリーガン死んじゃってるんじゃないの?…とか、冷静に考えたらシナリオ的に納得できないことも多々あれど、そんな小さいことは気にしなーい!
『フレンチ・コネクション』でアカデミー監督賞を受賞し、次世代のフィルムメーカーと目されたウィリアム・フリードキンの演出も絶好調。
アメリカン・ニューシネマ以降の鬱屈した世相を反映した、スタイリッシュかつ乾いたタッチ。過剰なショック描写は極力封じて、ドキュメンタルな緊張感を堅持している。
何でもフリードキンはショットガンをスタジオに持参して、役者に緊張感ある芝居を強いたという逸話があるらしいが、勝新太郎ばりのマッド演出なり!
『エクソシスト』といえば、マイク・オールドフィールドの『チューブラー・ベルズ』が有名だが、ウェーベルンやペンデレツキなどなど、この映画のサウンドトラックは現代音楽の優れたコンピレーションであることも特筆に値しよう。
個人的には、ハンス・ヴェルナー・ヘンツェの『弦楽のためのファンタジア』が愛聴トラックなり(エンドクレジットで流れる曲)。
もともとは、フォルカー・シュレンドルフ監督『テルレスの青春』のために作曲された作品だが、不穏なハープの音色が、『エクソシスト』の世界観とジャストマッチしている。
- 原題/Exorcist
- 製作年/1973年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/121分
- 監督/ウィリアム・フリードキン
- 製作/ウィリアム・P・ブラッティ
- 脚本/ウィリアム・P・ブラッティ
- 製作総指揮/ノエル・マーシャル
- アソシエイト・プロデューサー/デヴィッド・サルヴェン
- 撮影/オーウェン・ロイズマン、ビリー・ウィリアムズ
- 編集/エヴァン・ロットマン
- 録音/クリス・ニューマン
- エレン・バーンスティン
- リンダ・ブレア
- マックス・フォン・シドー
- リー・J・コッブ
- キティ・ウィン
- ジャック・マクガウラン
- ジェーソン・ミラー
- バートン・ヘイマン
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