『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』──大人になりきれない兄弟と、夜の旋律
『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』(原題:The Fabulous Baker Boys/1989年)は、スティーブ・クローブス監督・脚本による大人のラブストーリー。ジャズピアニスト兄弟のフランク(ボー・ブリッジス)とジャック(ジェフ・ブリッジス)は、地道なクラブ演奏の日々を送っていたが、シンガーのスージー(ミシェル・ファイファー)が加入したことで関係が揺らいでいく。音楽と恋愛の間で揺れる兄弟の絆とプライドを、デイヴ・グルーシンのジャズに乗せて繊細に描く。
異色の兄弟俳優、ボー&ジェフ・ブリッジス
兄弟/姉妹で活動している俳優、しかもハリウッドの第一線で活躍しているとなると、その数は決して多くはない。
思いつくだけでも、ベン・アフレック&ケイシー・アフレック、リバー・フェニックス&ホアキン・フェニックス、オーウェン・ウィルソン&ルーク・ウィルソン、エミリオ・エステベス&チャーリー・シーンといったくらいか。
最近では、子役からすっかり女優としての風格を帯びてきたダコタ・ファニングとエル・ファニングあたりが有名ですね(面倒くさいんでヒルトン姉妹とかは割愛!)。
その中でボー・ブリッジス&ジェフ・ブリッジスは異色の存在である。1940年代に西部劇で鳴らした俳優ロイド・ブリッジスと、女優で詩人のドロシー・シンプソンを親に持つサラブレッドながら、二人の個性は絵に描いたような愚兄賢弟。
でっぷりとした体躯の持ち主で笑顔を絶やさず、『ホテル・ニューハンプシャー』では気のいいマイホームパパを演じていた兄貴のボーに対し、弟のジェフはハードボイルドかつアウトローなオーラをふりまく、二枚目プレイボーイ。
アレック・ボールドウィン&ウィリアム・ボールドウィンみたく、交換可能なワンパターン俳優に非ず!ここまで棲み分けが出来ている兄弟俳優っていうのも珍しいんじゃないか。
この兄弟の「対照的なキャラクター」を、そのまま物語に投影したのが『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』(1989年)である。血のつながりだけでは決して解けない複雑な情愛──この映画の真髄は、兄弟の絆を描くと同時に、人生の“リズムのずれ”を描いた点にある。
崩れていくハーモニー──兄弟と女の三重奏
『恋のゆくえ』は、ボー&ジェフが兄弟のピアノ・デュオ「ファビュラス・ベイカー・ボーイズ」を演じており、サエない兄貴とプレイボーイの弟という設定をそのまま(?)引き継いでいる。
固い結束で結ばれた兄弟の友情が、はすっぱなブロンド美女スージー・ダイアモンド(ミシェル・ファイファー)の登場によって、次第にバランスが崩壊。兄と弟、男と女という関係を軸にほろ苦い大人の恋が紡がれていく…。
いや、マジこれ、長門裕之と津川雅彦とかだったら、二人がマドンナを奪い合うだけの破廉恥ドラマにしかなりませんよ。ボーの朴訥な人柄が、この映画に品格と潤いを与えている。
大人のくせに大人になりきれない、意地と意地のぶつかりあい。大人ゆえに素直になりきれないもどかしさ。そんな微妙な心理の綾を、当時30歳そこそこだったスティーブ・クローブスは、自ら書いたシナリオを元に丁寧に掬いとっていく。
この“繊細な三重奏”を成り立たせているのは、脚本だけではない。ミシェル・ファイファーがピアノの上で「Makin’ Whoopee」を歌うあのシーン──黒のドレスに包まれた彼女が吐息のように歌う瞬間、画面全体が官能と孤独で満たされる。
愛が生まれる瞬間ではなく、崩壊の予感としての歌。クローブスはこの一曲に、映画全体の感情曲線を集約させている。
ジャズが映す“大人未満”の孤独
BGMにジャズ界の重鎮デーヴ・クルージンを起用したセンスも良ろし。熟成されたワインのようにコクのあるラブストーリーである。
この選曲が重要なのは、ジャズがこの映画の“心拍”を支えているからだ。自由に揺れ、時に外れ、時にぴたりと合う──ジャズのリズムは兄弟の関係そのもの。
兄はルールに従って弾き、弟は気ままにアドリブを差し込む。二人が同じステージに立っても、心のテンポは常にズレている。この“リズムの断層”が、恋と人生の痛みを生み出す。
ジェフ・ブリッジスは、ここで初めて“孤独を抱えた男の色気”を完成させた。『ラスト・ショー』(1971年)や『キング・コング』(1976年)では若々しい魅力が前面に出ていたが、『恋のゆくえ』の彼は初めて“大人未満の成熟”を演じている。
自由を気取るが、実は束縛を恐れている。プレイボーイでいながら、誰よりもロマンチック。この二重性こそ、ジェフのキャリアの核だ。
スティーブ・クローブスの演出は、ハリウッド的なロマンスを拒否している。すべては夜、ステージの灯り、酒場の残響の中で進む。華やかな世界の裏に、生活の疲れと孤独がにじむ。愛はきらめきではなく、夜の静寂にこそ宿る──その感覚が、ジャズの音色と溶け合っていく。
兄弟のデュオは再び一緒に弾くことはない。それでも音楽は消えない。恋も友情も完全には終わらない。終わるのは“ハーモニーの形”だけであって、メロディーは心の中で鳴り続ける。
『恋のゆくえ』というタイトルが、英題 “The Fabulous Baker Boys” よりも胸に響くのは、たぶんそのせいだ。恋も人生も、ゆくえは定まらない。だが、夜のピアノは今日も静かに鳴っている。
- 原題/The Fabulous Baker Boys
- 製作年/1989年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/109分
- 監督/スティーブ・クローブス
- 脚本/スティーブ・クローブス
- 製作総指揮/シドニー・ポラック
- 製作/ポーラ・ワインスタイン、マーク・ローゼンバーグ
- 撮影/ミハエル・バルハウス
- 音楽/デーヴ・グルーシン
- ミシェル・ファイファー
- ジェフ・ブリッジス
- ボー・ブリッジス
- エリー・ラーブ
- ジェニファー・ティリー
- ザンダー・バークレイ
- デイキン・マシューズ
- ケン・ラーナー
- アルバート・ホール
- テリー・トレアス
- グレゴリー・イッツェン
- ブラッドフォード・イングリッシュ
