『お嬢さん』(2016年/パク・チャヌク)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー
『お嬢さん』(原題;아가씨/2016年)は、巨匠パク・チャヌク監督が、ヴィクトリア朝のイギリスを舞台にした小説『荊の城』を、1930年代の日本統治下の朝鮮へと大胆に移し替え、愛と欲望、欺瞞の迷宮へと昇華させた犯罪スリラーの極北である。莫大な遺産を相続する予定の美しい令嬢・秀子(キム・ミニ)を精神病院へ追いやり、財産を奪取しようと画策する詐欺師・藤原伯爵(ハ・ジョンウ)。その計画の尖兵としてメイドとして潜入した孤児の少女スッキ(キム・テリ)は、従叔父である上月(チョ・ジヌン)という権威に縛り付けられた秀子の孤独に触れ、計画の遂行という目的を忘れ、禁断の愛に身を投じていく。スッキと秀子の官能的な関係が、単なる愛の物語を超えて、男性社会からの脱出劇としてのカタルシスを放つ。
- 第42回ロサンゼルス映画批評家協会賞:最優秀外国語映画賞、最優秀美術賞
サラ・ウォーターズ原作の見事な換骨奪胎
パク・チャヌク監督の『お嬢さん』(2016年)について語ろうとすると、ある個人的な記憶がフラッシュバックする。今はなきアップリンク渋谷の、あの少し窮屈で親密なスクリーンで本作を鑑賞していたときのこと。
物語が中盤に差し掛かり、莫大な財産を相続する美しいお嬢様・秀子(キム・ミニ)と、彼女を騙すために侍女として潜り込んだ孤児のスリ・珠子ことスッキ(キム・テリ)による、あの美しくも生々しいベッドシーンがスクリーンいっぱいに展開された瞬間。
僕の隣の席に座っていた見ず知らずのお姉さんが、スクリーンを食い入るように見つめたまま、そこそこデカい声で「……エロ!」と心の声を漏らしてしまったのである。
普通なら映画泥棒的なマナー違反として気になるはずのノイズだが、あの瞬間に限っては「いや、全くもってその通りですよね」と心の中で深く頷いてしまった。
観客の理性を吹き飛ばし、心の奥底に秘めた情動や感嘆の声を強制的に漏れ出させてしまうほどの圧倒的な官能美と吸引力。それこそが、韓国映画界が誇る鬼才パク・チャヌクが本作で到達した、極上の映像魔術の証明だった。
本作は、イギリスの作家サラ・ウォーターズが発表した傑作歴史ミステリー小説『荊の城』(2002年)を原案としている。パク・チャヌクはこのヴィクトリア朝のイギリスを舞台にした物語を、1930年代の日本統治下にある朝鮮半島へと大胆に舞台を移し替え、見事な換骨奪胎を行ってみせた。
和洋折衷の奇妙な豪邸を舞台に、詐欺師の藤原伯爵(ハ・ジョンウ)と結託して秀子の財産を狙うスッキ。しかし、スッキは次第に秀子のミステリアスな魅力に惹かれ始め、計画には予期せぬノイズが混じり始める。
映画は原作の構成を踏襲し、スッキの視点から語られる第一幕、秀子の視点から同じ時間軸の裏側を種明かししていく第二幕、そして物語が完全に未知の領域へと暴走していく第三幕という、極めてスリリングな三部構成をとっている。
この見事な騙し絵のようなプロットは、観客の先入観を次々と裏切り、誰が誰を騙し、誰が誰を愛しているのかという力学を二転三転させていく。
第一幕で僕たちが信じ込まされていた「無知で可憐な被害者」と「狡猾な加害者」というステレオタイプな構図は、第二幕に入った瞬間に冷酷なまでにひっくり返され、サスペンスとしての知的快楽は最高潮に達する。
偏執狂的な美術設計と「変態の箱庭」の狂気
パク・チャヌク作品の最大の魅力といえば、画面の隅々にまで異常なこだわりを見せる偏執狂的な美術設計と、そこに漂う特有の変態性だ。
『お嬢さん』においてその狂気が最も凝縮されているのが、秀子の絶対的支配者である叔父・上月教明(チョ・ジヌン)が構築した巨大な書斎である。
日本家屋と西洋建築が不気味に融合した屋敷の奥底に存在するこの書斎は、希少な春画やエロティカ文学がびっしりとコレクションされた、まさに上月の倒錯した欲望を具現化した変態の箱庭。ここで上月は、特権階級の男たちだけを招き、美しい秀子に春本を朗読させるという悪趣味極まりない秘密の朗読会を開いている。
薄暗い照明の中、和服姿の秀子が人形のように無表情で、しかし息を呑むような抑揚と艶やかな声色で淫靡なテキストを読み上げるシーンの不気味さたるや!
男たちはその声に欲情し、自らの権力と支配欲を満たしていく。パク・チャヌクは、この朗読会を通して、女性の身体と性をコンテンツとして搾取し、消費し続ける家父長制的な男性権力のグロテスクさを、息が詰まるほどの美しさと悪意をもって描き出している。
男性支配を破壊するシスターフッドの逃走劇
しかし、本作が映画史に残る傑作として世界中で熱狂的に支持された最大の理由は、この映画が単なるエロティック・サスペンスにとどまらず、男性たちの身勝手な支配と搾取の構造を、女性同士の強固なシスターフッドによって完膚なきまでに破壊してみせる痛快な解放の物語だからだ。
藤原伯爵は自分の男としての魅力で秀子を落とせると過信し、上月は秀子を自分の所有物として完全にコントロールしていると信じ込んでいる。彼ら特権的な男たちは、最後まで自分たちの優位性を疑うことはない。
しかし、秀子とスッキは、男たちが作り上げた欲望のルールを逆手に取り、彼らのプライドを嘲笑いながら、手を取り合って屋敷という名の牢獄から脱出を図る。
隣のお姉さんを思わず声に出して驚かせたあのベッドシーンは、単なる男性向けのポルノグラフィー的消費物ではない。秀子とスッキが互いの傷を舐め合い、絶対的な信頼と愛情を確認し合う、極めて神聖でエモーショナルな魂の交歓の儀式なのだ。彼女たちが互いの身体に触れるとき、そこには男たちの介入する隙間など1ミリも存在しない。
映画の終盤、男たちの醜悪な欲望が詰まった書斎の蔵書を、スッキが水に浸し、容赦なく破壊していくシーンの圧倒的なカタルシス。そして、すべてを捨てて海を渡るフェリーの中で、二人が満月の光に照らされながら自由を謳歌するラストシーンの美しさ。
男性社会の抑圧を軽やかに飛び越え、自分たちの手で自分たちだけのハッピーエンドを勝ち取った二人の女性の姿は、力強いエンパワーメントの光を放ち続けている。
参考文献・出典
- 監督/パク・チャヌク
- 脚本/チョン・ソギョン、パク・チャヌク
- 製作/パク・チャヌク、シド・リム
- 製作総指揮/マイキー・リー
- 制作会社/モホ・フィルム、ヨンフィルム
- 原作/サラ・ウォーターズ
- 撮影/チョン・ジョンフン
- 音楽/チョ・ヨンウク
- 編集/キム・サンボム、キム・ジェボム
- 美術/リュ・ソンヒ
- 衣装/チョ・サンギョン
- お嬢さん(2016年/韓国)
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