インセプション/クリストファー・ノーラン

過剰なクロス・カッティング趣味が生み出した、複雑怪奇な夢幻世界

断言しよう。

クリストファー・ノーランは、映画の醍醐味がクロス・カッティングであることを信じて疑わない映画作家である!クロス・カッティング至上主義者である!!ミスター・クロス・カッティングである!!!

同時間内で進行する別々のシーンを、交互に観せることによって臨場感を付与するクロス・カッティングは、一般的には“映画の父”D・W・グリフィスが、『國民の創生』の戦闘シーンで使用したのが始祖とされている。

’70年代には、フランシス・フォード・コッポラが『ゴッドファーザー』(1972年)でより洗練されたタッチで昇華させたが、技法的には極めて古典的。

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『ゴッドファーザー』(フランシス・フォード・コッポラ)

しかしながらクリストファー・ノーランは、『バットマン ビギンズ』(2005年)でも『ダークナイト』(2008年)でも、クライマックスはぜーーーんぶクロス・カッティングという必勝パターンを施すことによって、21世紀の今なお映画のスペクタキュラーを復権させんと企んでいるのだ。

『インセプション』(2010年)は、そんな彼のクロス・カッティング至上主義哲学が、ストーリー&映像共に結実した作品と言えるだろう。

そもそもプロットがすごい。人間の夢の中(潜在意識)に入り込んでアイディアを盗み出す企業スパイのコブ(レオナルド・ディカプリオ)が、大会社のボス・サイトー(渡辺謙)から、ライバル会社社長の息子ロバート(キリアン・マーフィ)の夢の中に侵入して、「会社を潰させる」というアイディアを植えつけるように依頼される。

コブは、夢を三階層に切り分けることを計画。夢の第一階層~第三階層まで周到なプログラムを用意することによって、ターゲットに対して確実にインセプション(植え付け)させる戦略を練るのだ。

第一階層
舞台は雨の降りしきるロサンゼルス。ロバートを拉致してプチ拷問。隠された遺言の存在を意識させる。

第二階層
舞台はホテル。あえてここが夢の中であることをロバートにバラして、第三階層へ連れて行く。

第三階層
舞台は雪山にある病院。ロバートを病床の父と引き合わせ、「ただ父親のやり方を真似るのではなく、自分の道を突き進め」というメッセージを植えつける。

これはもうクロス・カッティングの独壇場とでも言うべきシナリオだろう。第一階層(雨のLA)、第二階層(ホテル)、第三階層(雪山)でのシークエンスが順繰りに語られるのだが、さらに第四階層として「虚無」なるレオナルド・ディカプリオの記憶空間まで登場するのだから、四重のクロス・カッティング。

しかもクリストファー・ノーランは、隠し味として「階層が下に行くにつれて時間の進み方が遅くなる」という設定を組み込んだ。第一階層での5日間は第二階層での1ヶ月に相当し、第三階層の半年程度に相当する。

このプロットによって、例えば第一階層ではハイスピード撮影によるスロモーション、第三階層ではハイテンポな銃撃戦と、シーンごとにメリハリをつけたクロス・カッティングが可能となったのだ。

…しかしこの『インセプション』、物語を転がすためのルール設定が複雑になりすぎて、正直一回観ただけでは何のことやらサッパリ分からず。

「第一階層でバンが横転したことに伴って、第二階層が無重力状態になるんだが、何で第三階層は何の影響もないの?」とか、「何で虚無のなかでディカプリオは若いままなのに、ケン・ワタナベは老人になってるの?」とか、未だに僕の頭の中はクエスチョン・マークだらけ。あまりの説明不足ゆえに、純粋なカタルシスが発動しないという弱点を抱えているのだ。

もうひとつの弱点は、サスペンス要素があまりにも剥奪されすぎていること。夢の中の死は文字通りの死を意味せず、単に夢の階層が上がる、もしくは現実世界に戻されるキッカケにしかすぎない(虚無に落ちると永遠にココロが肉体に戻らない、みたいなセリフがあった気もするが、ディカプリオと渡辺謙は無事に帰還している)。

死が存在しない世界における銃撃戦、死が存在しない世界におけるカーチェイスなんぞ、まったくもって盛り上がらないじゃないですか。ここで描かれているアクションは、あまりにも安全すぎるのだ。

『インセプション』は、超ド級のスケールを誇る実験作である。そしてそれは、クリストファー・ノーランという映画作家の過剰なクロス・カッティング趣味が生み出した、複雑怪奇な夢幻世界だ。

うーむ、この映画を真に理解するには、あと数回は観ないとダメかもしんない。

DATA
  • 原題/Inception
  • 製作年/2010年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/148分
STAFF
  • 監督/クリストファー・ノーラン
  • 製作/エマ・トーマス、クリストファー・ノーラン
  • 製作総指揮/クリス・ブリガム、トーマス・タル
  • 脚本/クリストファー・ノーラン
  • 撮影/ウォーリー・フィスター
  • 衣装/ジェフリー・カーランド
  • 編集/リー・スミス
  • 音楽/ハンス・ジマー
CAST
  • レオナルド・ディカプリオ
  • 渡辺謙
  • ジョセフ・ゴードン=レヴィット
  • マリオン・コティヤール
  • エレン・ペイジ
  • トム・ハーディ
  • ディリープ・ラオ
  • キリアン・マーフィ
  • トム・ベレンジャー
  • マイケル・ケイン
  • ピート・ポスルスウェイト
  • ルーカス・ハース

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