スクリューボールの嚆矢となった、恋愛コメディの古典
『或る夜の出来事』(1934年)は、スクリューボール・コメディーの第1号作品として認知されている、名作中の名作である。
スクリューボール・コメディーとは、1930年代から40年代にかけて、アメリカで製作されたロマンティック・コメディー映画のこと。要は、男女が犬も食わないケンカとドタバタを繰り広げるものの、最終的にはくっついてメデタシメデタシ、みたいな作品のことである。
ジャン=ジャック・ベネックスの『ベティ・ブルー』(1986年)のごとく、愛の極北のようなハードな作品が好みの紳士・淑女の皆さんには、このテの映画はあまり好きになれないかもしれない。
しかし、常に頭の中で「実は長澤まさみと血の繋がっていない兄妹だったらどうしよう」とか、「突然田中麗奈が家のドアをノックして、『ごめんなさい、一晩だけ泊めてもらえませんか?』って言ってきたらどうしよう」とか、恋愛妄想がフル稼働中の小生といたしましては、こういうの大好きなんであります。
この『或る夜の出来事』、とにかくフランク・キャプラの小粋な演出が楽しい。当時は映画製作倫理規定(通称ヘイズ・コード)のために、未婚の男女を同じベッドで寝させられないという制約があったのだが、キャプラはこれを逆手にとり2つのベッドの間にシーツで作られた「ジェリコの壁」を築くことによって、男女の微妙な心理の変化を巧みに表現している。
また、クローデット・コルベールが美脚をチラ見せしてヒッチハイクするシーンでは、彼女が単なるいいトコのお嬢さんではないことを描きつつ、クラーク・ゲーブルがコルベールを異性として意識してしまう心理の移り変わりも同時に表現。うーん、実に巧い。
ちなみに、このシーンの撮影をコルベール自身は大変嫌がったらしく、当初は吹き替えの足で撮影したんだが、「アタシのおみ足はあんなんじゃないわ!」と逆に立腹し、結局自分自身の足で撮影したんだとか。
クラーク・ゲーブルが、クローデット・コルベールを担いで川を渡るシーンの、川面の光の美しさも特筆モノだし、ラッパが鳴り響いたと思いきや、毛布が落ちるカットで終幕というオチの付け方もうまい。
「ジェリコの壁」が崩壊した後の二人の行く末は、ご想像にお任せしますってコトで、実にスマートな洒落っ気に溢れた映画なのだ。
もともとキャプラは、ロバート・モンゴメリーとマーナ・ロイを主演に迎えることを希望していたらしいが、スケジュールの都合でそれは叶わぬ夢に。
しかし、撮影時のトラブルが絶えなかったゲーブル(彼はもともとメトロ・ゴールドウィン・メイヤーの専属俳優だっのだが、あまりの素行の悪さにコロンビア映画に貸し出されたらしい)と、実生活でもワガママ放題。
アカデミー主演女優賞を受賞するまでは、この映画への出演を後悔していたというコルベールと組み合わせは、お互いの地の部分がキャプラによって上手く引き出され、結果的に大成功をおさめている。
『或る夜の出来事』はアカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚色賞の計5部門を受賞した。しかしクローデット・コルベールは自分が受賞するとは夢にも思わず、授賞式当日は汽車でニューヨークに向かおうとしていた。
受賞が決まり慌ててオスカーの授賞式に駆けつけ、まるで映画の内容をなぞるかのごとく旅行用のドレスでスピーチを行ったんだとか。
うーむ、やっぱりこのヒロイン役は彼女にピッタリだったんだなあ。
- 原題/It Happened One Night
- 製作年/1934年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/105分
- 監督/フランク・キャプラ
- 製作/フランク・キャプラ、ハリー・コーン
- 原作/サミュエル・ホプキンス
- 脚本/ロバート・リスキン
- 撮影/ジョセフ・ウォーカー
- 音楽/ルイス・シルヴァース
- クラーク・ゲーブル
- クローデット・コルベール
- ウォルター・コノリー
- ロスコー・カーンズ
- アラン・ヘイル
- ウォード・ボンド
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