『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』(2018)
映画考察・解説・レビュー
『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』(原題:地球最后的夜晩/2018年)は、父の死を機に故郷・貴州へ戻った男ルオが、かつて愛した謎の女ワン・チーウェンの幻影を追う物語。前半の断片的な「記憶」は、映画館で3Dメガネを装着する瞬間、後半60分の驚異的な「ワンカットの夢」へと接続される。ビー・ガン監督が圧倒的な映像美で描く、時空を超えた愛と喪失の体験。
映画史上もっとも美しい儀式
2018年の大晦日、中国全土の映画館で起きた出来事は、映画史に残る完全犯罪であり、同時にとびきりの奇跡だった。
その夜、SNSで拡散された甘い言葉――「一吻跨年(キスをして年を越そう)」という殺し文句に誘われて、何百万組ものカップルが劇場に殺到。彼らが期待していたのは、甘ったるいロマンスと、0時のカウントダウンに合わせてキスをするための完璧なムードだ。
ポップコーン片手に愛を語らう、ありふれたデートムービー。誰もがそう信じて疑わなかった。だが、スクリーンに映し出されたのは、タルコフスキーみたいにジメジメしていて、デヴィッド・リンチよりも訳が分からず、ウォン・カーウァイをさらに憂鬱に煮詰めたような、超ド級のアートフィルム。
当時29歳のビー・ガン監督が放った『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』(2018年)は、公開初日に『アベンジャーズ』級の興行収入(約40億円!)を叩き出し、その翌日には激怒した観客たちの罵詈雑言によって売り上げが90%以上も暴落するという、ジェットコースターのような伝説を残した。
だが、この「マーケティング詐欺」という騒音を一度ミュートにして、冷静に作品そのものを見つめてみよう。そこにあるのは、若き天才がキャリアと予算の全てをベットして作り上げた、映画という名の魔術的儀式に他ならない。
記憶の迷宮、ノワールの解体
まず、この映画はとにかく“濡れて”いる。比喩ではなく、物理的にビチャビチャなのだ。
映画の前半約70分間、我々は2Dの映像を通して、主人公ルオ・ホンウ(ホアン・ジュエ)が過去の女ワン・チーウェン(タン・ウェイ)の幻影を追って故郷・貴州省の凱里(カイリ)を彷徨う姿を目撃するのだが、画面のいたるところで雨が降り、壁からは水が漏れ、水たまりが光を反射している。
まるでスクリーンから湿気が漂ってきそうなほどの湿度100%ワールド。これはフィルム・ノワール(暗黒映画)の定石をなぞっているように見えて、その実、ジャンルそのものを水没させて解体しようとする試みだ。
緑色のドレスを着たタン・ウェイは、ヒッチコックの『めまい』(1958年)に出てくるキム・ノヴァクのごとく、主人公の妄想が作り出した理想の女としてそこに立ち尽くしている。
彼女は実在するのか?それともルオの脳内メモリのバグなのか?観客の平衡感覚を奪うような、この前半パートの独特な映像美には、実は裏話がある。
当初参加していた台湾の名匠ヤオ・ホンイー(ホウ・シャオシェンの弟子)と、監督のビー・ガンが「リアリズムか、幻想か」で揉めに揉め、途中から中国のベテラン、ドン・ジンソンが火消しに走るという、現場はまさにカオス状態だったらしい。
だが、その視点の不一致こそが、この映画に奇妙な断層を生み出している。生々しいドキュメンタリーのような肌触りと、計算され尽くした照明の美しさが同居する、歪で魅力的な世界。
観客は、ルオと共にこの迷宮を彷徨いながら、徐々に強烈な眠気に襲われることに。そして、この退屈さとまどろみこそが、後半に待ち受ける「夢」への搭乗手続きとなる。
60分3Dワンカットという“狂気”
映画開始から70分過ぎ、ついにその時が来る。主人公のルオが寂れた映画館に入り、3Dメガネをかける。その瞬間、劇場の我々もまた、手元の3Dメガネを装着するように促されるのだ(僕もヒューマントトラスト渋谷で、実際にメガネをかけたものだ)。
ルオが「これは映画じゃない」と呟いて眠りに落ちた瞬間、画面にはタイトルクレジットがドーンと表示され、世界は2Dから3Dへ、現実(あるいは記憶)から「夢」へと変貌する。
ここからの約60分間、映画が終わるその瞬間まで、カメラは一度もカットを割ることなく、文字通りのワンショットで動き続ける。これはCGで誤魔化した「なんちゃってワンカット」ではない。200人以上のスタッフが2ヶ月間リハーサルを繰り返し、広大な廃墟や鉱山跡を実際に移動しながら撮影した、正真正銘の一発勝負なのだ。
カメラは坑道のトロッコに乗り、空を飛ぶドローンに吊り下げられ、地上に降りては役者を追いかけ、最後はワイヤーアクションで広場を滑空する。
特にドローンから地上のカメラマンへ、磁石を使った特注リグでカメラを受け渡す瞬間の滑らかさといったら、もう変態的としか言いようがない。
これまで3D映像という技術は、『アバター』(2009年)のように物体を飛び出させるためのギミックとして使われてきたが、ビー・ガンはそれを“触れられない記憶の層(レイヤー)を見るための装置”として再定義してみせた。
フランスから招かれた撮影監督ダヴィッド・シザレの手によって、夢の世界はシャガールの絵画のように重力を失い、浮遊感に満ちた色彩を帯びる。男と女が空を飛び、呪文を唱えれば家が回転する。そんな荒唐無稽なマジックリアリズムが、編集のない、持続する時間の中で描かれる。
だからこそ、我々はそれをリアルな夢として受け止めてしまう。まさしく、スタイル(様式)がサブスタンス(実質)を凌駕し、飲み込んでしまった瞬間。
ラストシーン、回転する部屋の中で男は女に言う。「時計は永遠の象徴だが、花火は儚さの象徴だ」。そして二人のキスと共に花火に火がつけられ、その火花が燃え尽きるのと同時に映画はプツリと終わる。
なんてキザで、なんて無謀で、なんて美しい終わり方なんだろう。
商業的な成功なんて、知ったこっちゃない。ビー・ガンは、TikTokで数秒の動画が消費されるこの時代に、映画館という暗闇に観客を60分間監禁し、強制的に他人の夢を見させるという、とんでもない賭けに出た。
その心意気に、僕は最大限の敬意を表するものであります。
- 監督/ビー・ガン
- 脚本/ビー・ガン
- 撮影/ヤオ・ハンギ、ドン・ジンソン、ダービッド・シザレ
- 音楽/リン・チャン、ポイント・スー
- 編集/イエナン・チン
- 美術/リウ・チアン
- 衣装/イエ・チューチェン、リー・ファ
- ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ(2018年/中国、フランス)

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