「神は細部に宿る」的伊丹十三作劇術がより洗練された大ヒット作
『お葬式』(1984年)、『タンポポ』(1985年)が興行的、批評的にも大きな成功を収め、映画監督として順調なキャリアを築いていた伊丹十三。
3作目となる『マルサの女』(1987年)で、国税局という一見地味すぎるテーマを選択したのは、映画のヒットで儲けた収益が税金でごっそり持って行かれてしまったのがキッカケらしい。
悪徳ラブホテルオーナー権藤を演じる山崎努が宮本信子に脱税の方法を弁じるシーンがあるが、これは伊丹自身の切実な思いだったのかも。御愁傷様です。
徹底したリサーチに基づいたシナリオは、緻密で精密で綿密。マルサの実態に迫るリアリティーは、HOW TOモノとしても充分通用する…と思いきや、捜査や脱税の方法などはかなり前時代的なものらしい。
映画を観て実際に悪用されることを恐れたかららしいが、それだけ『マルサの女』はディティールに拘泥した映画と言える。伊丹十三の「神は細部に宿る」的映画話術がより洗練されてきたのが、今作ではないか。
伊丹十三は対象に寄る。シナリオはもちろん、カメラも。フルショットを好まずクローズアップを多用するのは、キャラクターの心情に少しでも寄りたいからだ。
クールを装ってシニカルな視座で注視するのではなく、むしろ徹底的に接近することによって、金銭欲、独占欲、性欲、食欲といった人間の本質を増幅してみせる。その余力が、宮本信子の「おかっぱでソバカス」、山崎努の「片足が不自由」という外観をも変容させてしまう。
個人的に伊丹映画が好きくないのは、対象への寄り方があまりに過剰で、特にセックス描写の生々しさに不快感を覚えてしまうからだ。しかしここまで精緻を極めたシナリオ、細部にこだわりぬいた演出、端役に至るまで超一級の役者を揃えた演技を観させられれば、これは誉めざるを得んだろう。
《補足》
山崎努演じる権藤という名前は、彼の出世作となった『天国と地獄』(1963)の三船敏郎が演じた役と同じ。20数年の時を経て、貧乏医学生が大富豪に上り詰めたということか。
- 製作年/1987年
- 製作国/日本
- 上映時間/127分
- 監督/伊丹十三
- 脚本/伊丹十三
- 製作/玉置泰、細越省吾
- 撮影/前田米造
- 美術/中村州志
- 衣裳/小合恵美子、斉藤昌美
- 編集/鈴木晄
- 音楽/本多俊之
- 宮本信子
- 山崎努
- 津川雅彦
- 大地康雄
- 桜金造
- 小澤栄太郎
- 伊東四朗
- 大滝秀治
- マッハ文朱
- 芦田伸介
- 小林桂樹
- 岡田茉莉子
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