『薔薇の名前』(1986年/ジャン=ジャック・アノー)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー
『薔薇の名前』(原題:The Name of the Rose/1986年)は、イタリアの哲学者・記号学者であるウンベルト・エーコの処女小説を、フランスの名匠ジャン=ジャック・アノーが壮大なスケールで映像化した歴史ミステリー。1327年、異端審問の嵐が吹き荒れる北イタリアのベネディクト会修道院を舞台に、フランシスコ会修道士ウィリアム・オブ・バスカヴィル(ショーン・コネリー)と、その見習い修道士アドソ(クリスチャン・スレーター)が、神学論争の裏で発生した連続怪死事件の真相を解き明かす。セザール賞外国映画賞を受賞したほか、ショーン・コネリーが英国アカデミー賞主演男優賞を受賞した。
- 第61回キネマ旬報(外国映画):第10位
記号論者による知の迷宮の構築
世界的な記号論の権威ウンベルト・エーコの小説『薔薇の名前』(1980年)は、連続殺人事件を追う歴史ミステリーの装いをまといながら、その根底には知の構築物についての壮大なメタフィクションが広がっている。
舞台は14世紀初頭、北イタリアのベネディクト会修道院。だが、そこで展開されるのは単純な犯人探しではなく、神学、スコラ哲学、アリストテレス的思考、そして異端審問が複雑に交錯して織りなす、知のラビリンス。エーコは物語の形式を借りて、知識がいかにして権力を形成し、人間を支配するメカニズムへと変貌していくのかを冷徹に暴き出していく。
思い返せば、僕も若い頃にこの分厚い原作小説を意気揚々と買い求めたものの、そのあまりにも圧倒的なペダントリーの前に、あえなく挫折を味わった記憶がある。
作中で延々と語られるトマス・アクィナスなどの神学論争や中世ヨーロッパの文学作品は、どれも時代が古すぎるし難解すぎるし、当時の自分にはそれらを読み解くための知の補助線が決定的に欠けていた(今も欠けているけど)。活字を目で追ってはいるものの、意味がまったく頭に入ってこないという、苦しい読書体験だったことをよく覚えている。
だが、それこそがエーコの仕掛けた巧妙な罠でもあった。読者は、迷宮のような図書館を彷徨う修道士たちと同様に、作者が構築した膨大なテキストの迷宮で、意図的に迷子になるように設計されている。
あの異常な読みにくさや、立ちはだかる古い知識の壁そのものが、中世における知の独占と抑圧を現代の読者に疑似体験させるための装置だったのだろう。
フランシスコ会の修道士ウィリアムと若き弟子アドソが歩き回るその迷宮は、実際の図書館である以前に「世界=書物」という中世的宇宙観の縮図だった。
書物は世界を記録するための手段であると同時に、世界を定義し、人間の思考を閉じ込める檻でもある。この小説は、知ることは、同時に誤解することでもあるという、知のパラドクスを主題にした見事な哲学的寓話として結実しているのだ。
盲目の図書館長と笑いの神学──知の独占と権力闘争
『薔薇の名前』は、失われたアリストテレスの『詩学』(紀元前4世紀頃)の第二部──すなわち「喜劇」と「笑い」について書かれたとされる幻の書物をめぐる物語だ。果たしてキリストは笑ったのか、そもそも笑うことは神の意志に適うのか。
笑いの是非をめぐる激しい議論は、知の解釈権をめぐる熾烈な権力闘争だ。なぜなら「笑い」は人間から恐怖を払拭する力を持っており、恐怖がなければ権威に対する絶対的服従は成り立たなくなってしまうからだ。
その恐怖による支配の象徴が、盲目の元図書館長ホルヘだ。アルゼンチンの幻想文学の巨匠、ホルヘ・ルイス・ボルヘスをモデルにしたとされるこの老修道士は、神の知を守るためなら連続殺人すら厭わない、狂信の体現者である。
修道院の巨大な蔵書は知識の集積体だが、同時にそれは知を独占するための装置であり、八角形の部屋が複雑に連なる図書館の迷宮構造は、その排他的な支配体制の具現化ともいえる。
主人公ウィリアムが探偵さながらに連続殺人の謎を解き明かそうとする行為も、結局のところ、狂信が作り上げた権威的ルールの枠組みをなぞり、別の論理を再生産しているに過ぎない。エーコはここで、「人間の理性や知識が現実のすべてを制御できる」という近代的な幻想を、徹底的に解体してみせるのだ。
タイトルの「薔薇」が最後に指し示すのは、中世の普遍論争における唯名論的な帰結である。「昔日の薔薇はただその名においてあり、我々は空虚な名のみを保持する」。実体が燃え尽きて消え去っても、ただ名前という記号だけが残る。その記号論的虚無こそが、この知の迷宮の行き着く終着点なのだ。
映像化の執念と暴力──知の迷宮からゴシックの迷宮へ
一方、ジャン=ジャック・アノー監督による映画版『薔薇の名前』(1986年)は、原作の知的構築物を大胆に解体し、映像として再構築した野心作だ。
分厚い哲学と神学のテキストの迷宮を、わずか2時間の映像へと翻訳する過程で、エーコが仕掛けた記号論的な罠の多くはどうしても削ぎ落とさざるを得ない。
しかしアノー監督は、その知的な省略と引き換えに、凄まじい執念で中世の生々しい肌触りを映像化してみせる。泥と汚物にまみれた寒村、醜悪でグロテスクな顔立ちの修道士たち、羊皮紙のザラついた質感から衣服の染みに至るまで、徹底的な時代考証と泥臭いリアリズムが画面の隅々にまで貫かれている。
トニーノ・デリ・コリのカメラは、炎の揺らめきと深い影を用いて、見ることの快楽と恐怖を際立たせる。豚の血が入った壺に逆さに突っ込まれた死体(『犬神家の一族』のスケキヨ状態!)、インクで黒く染まった指と舌。強烈ビジュアルが、難解な原作をおどろおどろしいゴシック的幻想へと見事に変換している。
特筆すべきは、主人公ウィリアム役にショーン・コネリーを起用したアノー監督の慧眼だ。当時、コネリーのキャリアは停滞期にあり、出資元のスタジオは彼の起用に難色を示した。しかしアノーは強行突破し、結果としてコネリーは、冷徹な知性と人間臭い温かみを併せ持つ老修道士を完璧に体現してみせた。
そもそもウィリアムの姓バスカヴィルが、アーサー・コナン・ドイルの『バスカヴィル家の犬』(1902年)からの引用であることは明白。この物語がディテクティブ・ストーリーであることを、端的に示している。
若き弟子アドソ(クリスチャン・スレーター)はワトソン役として機能し、難解な知の冒険は、映画版において明確に極上の推理サスペンスへと翻訳された。映画は知の迷宮を、万人が楽しめる娯楽の形式へと大胆に再構成したのだ。
中世の闇を現出させた執念の美術と、顔のキャスティング
映画版がただの原作ダイジェスト版に陥らなかった最大の理由は、アノー監督の異常とも言える細部へのフェティシズムにある。彼が目指したのは、頭脳で理解する中世ではなく、五感で嗅ぎ取る中世の再現だった。
その執念が最も顕著に表れているのが、修道士たちのキャスティング。アノー監督は美しく整ったハリウッド的スター俳優を徹底的に排除し、ヨーロッパ中から左右非対称の顔や、歯の欠けた者、特異な骨格を持つ者たちを執念深くかき集めた。まさにスクリーンは奇妙な顔の博覧会と化している。
なかでも、異端の元ドルチーノ派である修道士サルヴァトーレを演じたロン・パールマンの怪演っぷりは凄まじい。複数の言語が入り混じった奇妙な言葉を操る彼の歪んだ肉体は、中世の土俗的なエネルギーと混沌をそのまま現世に受肉させている。
ウィリアムの前に立ちはだかる冷酷な異端審問官ベルナール・ギーには、『アマデウス』(1984年)でサリエリを演じたF・マーレイ・エイブラハムを配した。知の探求者であるウィリアムに対し、教条主義的な権力で他者を次々と火刑台へと送るギーの息詰まる対立構図は、極めて映画的なカタルシスを生み出している。
忘れてはならないのが、美術監督ダンテ・フェレッティによる圧巻のセットデザイン。ローマの撮影所チネチッタの広大な敷地にまるごと建設された修道院の巨大なオープンセットは、『クレオパトラ』(1963年)以来となるヨーロッパ最大規模のものだったという。
そこにドイツのエーバーバッハ修道院での実地ロケ撮影を巧みに組み合わせることで、石造りの底冷えする空気感や、蝋燭の頼りない光に浮かび上がる埃っぽさまでもフィルムに焼き付けてみせた。
エーコが言葉の海で構築した「知の迷宮」を、アノー監督は莫大な予算と狂気じみた美術、そして泥臭い肉体を用いて、むせ返るような「物理的な迷宮」として三次元に立ち上がらせたのである。
「昔日の薔薇はただその名においてあり、我々は空虚な名のみを保持する」。
凄惨な事件の舞台となった修道院が炎に包まれた後に残されたのは、エーコが紡いだ精緻な言葉の迷宮と、アノーがフィルムに焼き付けたおどろおどろしい映像の迷宮だ。
- 監督/ジャン=ジャック・アノー
- 脚本/ジェラール・ブラッシュ、ハワード・フランクリン、アンドリュー・バーキン、アラン・ゴダール
- 製作/ベルント・アイヒンガー
- 製作総指揮/トーマス・シューリー
- 原作/ウンベルト・エーコ
- 撮影/トニーノ・デッリ・コッリ
- 音楽/ジェームズ・ホーナー
- 編集/ジェーン・サイツ
- 美術/ダンテ・フェレッティ
- 衣装/ガブリエラ・ペスクッチ
- 薔薇の名前(1986年/フランス、西ドイツ、イタリア)
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