『レッド・ロケット』(2021)
映画考察・解説・レビュー
『レッド・ロケット』(原題:Red Rocket/2021年)は、『タンジェリン』『フロリダ・プロジェクト』で知られるショーン・ベイカー監督が手がけたドラマで、脚本はショーン・ベイカーとクリス・ベルゴックの共同執筆。かつてポルノ業界で成功を夢見た男が故郷テキサスに戻り、元妻や近隣住民との関係を通して再び人生の再起を図る姿を描く。主演はサイモン・レックスで、スザンナ・サン、ブリー・エルロッドらが出演。第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品され、パフォーマンスと演出が高く評価された。
片田舎のしょーもない人間たちが、どうしてこんなに愛おしいのか
テキサス州テキサスシティ。製油所の煙突と高速道路に挟まれた、どこにでもありそうな片田舎。
ショーン・ベイカーの『レッド・ロケット』(2021)は、この土地に取り残された“しょーもない人間たち”の、しょーもない(でも妙に愛おしい)数日間を追いかける映画だ。
主人公マイキー・セイバー(サイモン・レックス)は、ロサンゼルスでのポルノスター稼業に行き詰まり、17年ぶりに故郷へ舞い戻ってくる中年男。
履歴書は穴だらけ、手元には22ドルしかない。働き口も見つからず、かつての妻レックスとその母の家に転がり込み、ドラッグの運び屋をしながら、口先だけで日銭と好意を搾取していく。
彼の周りを取り巻くのは、近所のポンコツ青年ロニー、ドラッグディーラーの一家、工場で働いていたのにクビになった女性たち。誰も彼も、ちょっとズレていて、ちょっとダサくて、でも放り出せない。
ベイカーはここでも、“成功者”の物語ではなく、アメリカン・ドリームから完全に滑り落ちた人々の足元だけを、頑固なまでに撮り続けている。
その中心に立つマイキーは、最低のヒモ男であり、どうしようもない自己中であり、同時にどうしようもなく魅力的でもある。彼のダメさは、個人的な資質というより、アメリカの片隅に蓄積された夢の残骸が、人間のかたちをとって歩き出した結果のように見えてくる。
ベイカー流の悪趣味ギリギリ快楽
この映画には、「いちいちツボ」に刺さるショットや演出がやたら多い。
まずは、あの急激ズーム。何気ない会話や日常の風景のなかで、ベイカーはときどき、テレビのワイドショーみたいな勢いでギュンッと寄る。笑えるくらい唐突で、でもその“ダサさ”が画面の空気をブーストする。
ここには、人物の感情を説明するための心理描写ではなく、「このしょーもない瞬間を、全力で見よ」という、監督の悪戯っぽい指示がある。
そして、NSYNC「Bye Bye Bye」のダサカッコいい使い方。2000年代初頭のボーイバンド・ポップを、2020年代のテキサス片田舎に持ち込むそのセンスのズレ方が最高 of 最高。
しかも単に流すだけではなく、ストロベリー役のスザンナ・サンがピアノでカバーし、モチーフ的に映画全体を貫いていく。
ミキーとストロベリーがベッドの上でダラダラ喋ったあとに響く、「Bye Bye Bye」のメロディ。その瞬間に、ふたりの関係が“とんでもなく不健全なロマンチシズム”を帯びていくのが分かる。
ミキーは彼女の才能を「ポルノ界で売れる商品価値」としてしか見ていないのに、音楽だけは、恋愛映画のクライマックスみたいに甘ったるく鳴り響く。そのギャップこそが、この映画の毒だ。
そして白眉は、やはりマイキーのフルチン疾走だろう。全裸で夜の街を走り抜ける彼の姿は、ギャグとしても抜群だけれど、同時にそのキャラクターの本性がむき出しになった瞬間でもある。
虚勢もブランドものも剥ぎ取られたときに残るのは、哀れで滑稽な、ひとりの中年男の肉体。その滑稽さを笑いつつ、どこか胸の奥がチクリと痛む。
そして忘れてはいけないのが、エロかわストロベリー。ドーナツ屋で働く17歳の少女ストロベリーは、制服の赤とそばかすと、ちょっと投げやりな笑顔が印象的なキャラクターとして造形されている。
鈍い蛍光灯の下で、彼女の「エロかわいさ」はキラキラと輝くのではなく、薄く油の浮いたコーヒーみたいに、じわっと広がっていく。
その魅力に観客もミキーも同時に落ちていくからこそ、彼女をポルノ産業へ連れ出そうとする彼の目論見が、よりいっそう危うく見えてしまう。
夕暮れと工場夜景の艶かしさ
ショーン・ベイカーは『タンジェリン』『フロリダ・プロジェクト』に続き、今回も“光”の撮り方で他の監督をぶっちぎっている。『レッド・ロケット』は16mmフィルムで撮影されており、そのざらついた質感が、テキサスシティの空気の埃っぽさと見事に共鳴している。
ショーン・ベイカーは、夕暮れ時を撮らせたら天下一品。オレンジと紫が混じり合うマジックアワーの光が、錆びた工場や寂れた住宅街を、あり得ないほど官能的に染め上げていく。
とくに、製油所の炎と煙突のシルエットが浮かび上がる工場夜景の艶かしさは、本作のハイライトのひとつ。そこには「景観の美しさ」というより、“この土地から絶対に逃れられない磁力”のようなものが立ち上がってくる。
このロケーションは、テキサスシティ周辺の製油所地帯やドーナツ店など、実在の場所で撮られており、わずか10人程度のクルーで撮影されたという。低予算ゆえの制約が、逆に「土地そのものの生々しさ」を前景化している。
夕暮れの光や工場の夜景は、本来ならロマンティックに見えてしまうモチーフだ。でもベイカーのフレームの中では、その艶やかさが一歩も引かない現実と結びついている。
ミキーの“再起”の夢も、ストロベリーの“発掘される才能”も、そこではどこまでも胡散臭い企画書にすぎない。救済の予感と搾取の気配が、同じ光のなかで同居している。
ショーン・ベイカーは、いつも「社会派」ぶらない。あくまで片田舎のしょーもない日常を、しょーもない人間たちの会話と行動だけで積み上げていく。
けれど、その積み重ねが結果として、アメリカという国の底面──夢を消費し尽くしたあとの、乾いた土地の姿──をくっきりと浮かび上がらせてしまう。
『レッド・ロケット』は、急激ズーム、ダサカッコいい NSYNC、フルチン疾走、エロかわストロベリー、夕暮れと工場夜景、その全部が、“どうしようもない人生”をここまで眩しく見せてしまう、ショーン・ベイカーの魔術そのものだと思う。
- 監督/ショーン・ベイカー
- 脚本/ショーン・ベイカー、クリス・バーゴッチ
- 製作/ショーン・ベイカー、アレックス・ココ、サマンサ・クァン、アレックス・サックス、ツォウ・シンチン
- 製作総指揮/アリソン・コーエン、ベン・ブラウニング、グレン・バスナー、ジャッキー・シェヌー、ミラン・ポペルカ
- 撮影/ドリュー・ダニエルズ
- 編集/ショーン・ベイカー、マイキー・セイバーサイモン・レックス、レクシーブリー・エルロッド、ストロベリースザンナ・サン
- 美術/ステフォニック
- フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法(2017年/アメリカ)
- レッド・ロケット(2021年/アメリカ)
- ANORA アノーラ(2024年/アメリカ)
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