2026/3/5

『ストレンジ・ダーリン』(2023)徹底解説|予測不能の時系列交錯スリラー

『ストレンジ・ダーリン』(2023年/J・T・モルナー)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー

10段階評価
8 GOOD
概要

『ストレンジ・ダーリン』(原題:Strange Darling/2023年)は、俳優ジョバンニ・リビシが製作と撮影監督を務め、新鋭J・T・モルナー監督が放つ予測不能の時系列交錯スリラー。シリアルキラーによる連続殺人事件が世間を震撼させるなか、バーで知り合い一夜を共にした男女。しかし、事態は急転直下し、女(ウィラ・フィッツジェラルド)は銃を持った男(カイル・ガルナー)から必死に逃げ惑うことに。全6章で構成された緻密なパズルがシャッフルされ、予測を裏切る驚愕の展開が連鎖していく。

目次

※『ストレンジ・ダーリン』のネタバレ(大どんでん返し)に容赦なく触れているので、未見の方はご注意ください。

被害者=サイコキラーの超絶トリック

映画ファンの嗅覚をビンビンに刺激する、とんでもないダークホースがやってきた。町山智浩氏が大絶賛したことで僕もいそいそと劇場に赴いたわけだが、実際に観てみたら「なるほど、こりゃ凄え!」と膝を打ち鳴らすしかない、圧倒的なクオリティ。

J・T・モルナー監督の『ストレンジ・ダーリン』(2023年)は、スリラー映画の常識を根底から覆し、我々映画オタクの大好物をこれでもかとブチ込んだ、最高の劇薬である。

まず観客の脳髄を激しく揺さぶるのが、その大胆不敵なストーリーテリングと、映画史に残る騙し討ちだ。本作は「全6章」で構成されていると宣言しながら、物語はいきなり中盤の「第3章」から幕を開ける。

顔面血まみれの女性(ウィラ・フィッツジェラルド)が、ライフルを持った男(カイル・ガルナー)から泣き叫びながら必死に逃げ惑う。誰がどう見ても、これはホラー映画の定番である、連続殺人鬼に追われる可哀想なヒロイン(ファイナル・ガール)の構図である。

しかし!タランティーノの『パルプ・フィクション』よろしく時系列がアクロバティックにシャッフルされ、過去の第1章・第2章が提示された瞬間、我々の先入観は木端微塵に吹き飛ぶ。

モーテルでの猟奇的なロールプレイ(合言葉は「ミスター・スナッフル」だ!)の果てに明かされる真実。なんと、弱々しい被害者だと思っていた女性こそが、街を震撼させていた最凶の連続殺人鬼、エレクトリック・レディ。

そして彼女を執拗に追う悪鬼のような男デーモンの正体は、彼女の罠から命からがら生き延びて反撃に出た、正義の警官(真の被害者)だったのだ。

この非線形(ノンリニア)の構造は、単なる目くらましのギミックではない。我々は、血まみれで逃げる女性と、銃を持って追う男性を見れば、無条件に女性=弱者(被害者)、男性=強者(加害者)というステレオタイプを当てはめてしまう。

本作の仕掛けは、そんな観客自身の無意識のジェンダー・バイアスを逆手に取った痛烈な批評として機能している。誰が本当の被害者なのかという認識は、切り取られた時間軸によっていかに容易に操作され得るか。

観客の道徳的ジャッジメントを鮮やかに裏切り、感情移入の対象を反転させる極めて計算高いトラップなのだ。

ギミック先行の代償?「ピュアな悪」の深層心理と限界

ここで一歩引いて、この映画の構造ではなくキャラクターの深層に目を向けてみよう。シリアルキラーの正体がレディであったという強烈な種明かしの後、彼女の真の目的や内面はどこまで描かれていただろうか?

レディは当初、デーモンをベッドに縛り付け、首を絞めるような強引なプレイを望み、「痛みの中に愛を感じた」というドM満開な持論を語っている。

彼女は果たして、自分の中の恐ろしい殺人衝動を力でねじ伏せ、制御してくれる絶対的な存在(支配者)を求めていたのだろうか?それとも、そうした強者の男を騙し討ちにして殺害すること自体に、究極の解放感と性的興奮を覚えていたのか?

正直なところ、映画はレディのパーソナリティについて、明確な答えを出してくれない。観客の思い込みを逆手に取る時系列シャッフルの鮮やかさに全振りしているため、殺人鬼としてのキャラクターの動機や背景の描き込みがやや薄味になり、ギミック先行の限界を感じさせる部分があるのも事実だ。

しかし、その理由なきピュアな邪悪こそが、現代ホラーの新たな潮流でもある。タイ・ウェスト監督の『X エックス』や『Pearl パール』でミア・ゴスが演じた、承認欲求と狂気が入り混じった女性キラーの系譜。

X エックス
タイ・ウェスト

身近にあるクマよけスプレーから警官の心理まで、自分の女性性や被害者性を咄嗟の武器にして狡猾に生き延びようとするレディの姿は、同情の余地を一切許さないヴィランとしてスクリーンに君臨しているのだ。

変態レンズと色彩美

この猟奇的なシナリオを極上の映像体験へと昇華させているのが、変態的なカメラワークと色彩設計だ。画面の手前と奥の両方にバチッとピントを合わせる、スプリット・フォーカス・ディオプター(半月レンズ)の多用。

ブライアン・デ・パルマ監督を彷彿とさせるこのレンズの歪みは、手前で純弱な被害者の仮面を被るレディと、奥から迫り来るデーモンという被害者と加害者の二面性を、一つのフレームに増幅して焼き付ける。

さらに、ニコラス・ウィンディング・レフン監督を思わせるエレクトリック・ブルーや鮮烈なレッドの照明。全編をあえて35mmフィルムで撮影することで、デジタルでは出せないザラついた粒状感と血の匂いを漂わせている。

この完璧なルックを創り上げた撮影監督が、『プライベート・ライアン』(1998年)などで知られる俳優ジョヴァンニ・リビシだというのだから、驚きだ!

プライベート・ライアン
スティーヴン・スピルバーグ

自らの個人的な35mmカメラを現場に持ち込み、長編撮影監督デビューを果たした彼の隠された才気。俳優として何十年もカメラの前に立ち、「狂気はどう映るか」を知り尽くした彼だからこそ、この絶妙な緊張感を生み出せたのだろう。

『ストレンジ・ダーリン』は、キャラクターの深掘りよりも構造的ショックを優先したという弱点を抱えつつも、それを補って余りある圧倒的な映像センスと騙し討ちの快感に満ちた、2020年代を代表する猟奇スリラーである。

J・T・モルナー 監督作品レビュー