2026/5/23

『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』(2024)徹底解説|黄昏時の戦士たちが受け継ぐもの

『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』(2024年/ソイ・チェン)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー

10段階評価
8
GOOD

概要

『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』(原題:九龍城寨之圍城/2024年)は、ソイ・チェン監督が、かつて実在した伝説の魔窟「九龍城砦」を舞台に、香港アクションの黄金期を彷彿とさせる圧倒的な熱量で撮り上げた、壮絶なるバイオレンス・アクション。1980年代、イギリス統治下の香港。黒社会の冷酷なルールに抗ったために組織から追われる身となった密入国者の青年チャン(レイモンド・ラム)は、外界の法律が一切及ばない無法地帯・九龍城砦へと逃げ込む。暴力と欲望が渦巻く混沌の地で、彼は城砦の絶対的な調停者である龍捲風(ルイス・クー)や、その右腕となる信一(フィリップ・ン)ら一癖も二癖もある若き猛者たちと出会い、血生臭い日常の中で奇妙な連帯と真の居場所を築いていく。

目次

全世代を巻き込むエンターテインメントの普遍性

いやー、めちゃめちゃ面白かった。映画館の椅子に深く腰掛けているのに、まるで自分もあの狭くて薄汚い路地裏で一緒に息を切らして走っているような、そんな圧倒的な熱量に完全にヤラれてしまった。『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』(2024年)である。

僕は1973年生まれで、まさに1980年代のジャッキー・チェン映画や『Mr.Boo!ミスター・ブー』(1976年)などをテレビの洋画劇場で浴びるように見て育った世代だ(ちなみにブルース・リーは僕が生まれた年に亡くなっているので、むしろハタチを過ぎてから、『燃えよドラゴン』(1973年)などを鑑賞したクチである)。

この映画は、あの頃テレビの前で感じていた香港アクション映画特有の異常な熱気や、理屈抜きの興奮を見事に思い出させてくれる最高の体験だった。

個人的な話になるが、僕は小学生の頃に家族旅行で中国返還前のイギリス領香港に行ったことがある。当時は啓徳(カイタック)空港という、九龍城砦のすぐ近くにある悪名高き空港が稼働しており、本当に市街地のビル群すれすれをかすめるような低空飛行で着陸する「香港アプローチ」を実際に体感した。

さすがに九龍城砦自体は、「観光客が迂闊に行ってはいけない危険地帯」とガイドブックに書かれていたので足を踏み入れることはなかったが、あの当時の香港の街全体から立ち上る、猥雑でムワッとした熱気とエネルギーは、僕の記憶に今も強烈に刻み込まれている。この映画の美術セットが再現した九龍城砦の空気感は、あの頃の記憶をフラッシュバックさせるほど生々しかった。

とはいえ、リアルタイムに昔の香港アクションを通過していない若い世代にとっては、この映画はノスタルジーとは別の次元で強烈に響いているはず。

おそらく今の10代や20代は、この作品を『HiGH&LOW』シリーズのような「魅力的な不良たちがチームを組んで縄張りを守る熱血バトル映画」として捉えているのではないだろうか。

それはそれで全然正しいアプローチだし、むしろそういう見方ができるからこそ、この映画は一部のオールドファンだけでなく、さまざまな世代がフラットに楽しめる最強のエンターテインメントムービーとして成立しているのだ。

縦横無尽の狭小アクション

この映画の最大の見どころは、やはりバリエーション豊かでド派手なアクション。

九龍城砦という極度に密集した違法建築の内部を舞台にしているため、アクションの動線が左右だけでなく、金網やトタン屋根を使った「上下の空間」にも及んでいるのが素晴らしい。この息苦しいほど窮屈な空間での立体的なバトルは、パルクール的なスリルに満ちている。

そして、これはもう完全に香港アクション映画の正統な流れ(あるいは狂気)なのだが、人間が傷つくとか瀕死状態になるということの「物理的現実味」がいっさい存在しない感じがたまらない。

たとえば、敵の手足を主人公側の4人がそれぞれ持ち抱えて、そのままうつ伏せの状態でバンバンと固い地面に叩きつけるシーン。普通に考えたら絶対に内臓破裂で即死するレベルの攻撃なのだが、むしろその絵面が荒唐無稽で面白過ぎて、ちょっとギャグの領域にすら突入している。このやりすぎ感を目の当たりにして、「うわー、これぞ香港アクション映画だわー」と心の中で喝采を叫んでしまった。

さらに本作が現代の観客、とくに若い女性客まで巻き込んで『RRR』(2022年)のような「応援上映」やファンアートの盛り上がりを見せている理由は、キャラクター造形とビジュアルの巧みさにある。この映画の世界には、いわゆる「モブ(雑魚)」と「ネームド(主要キャラ)」がビジュアルで非常にわかりやすく整理されているのだ。

ロン毛でバイクを乗り回す美青年シン(テレンス・ラウ)、顔中を包帯でぐるぐる巻きにした凄腕の殺し屋サップイー(トニー・ウー)、片目がないワイルドなタイガー兄貴。

敵側に目を向ければ、サングラスをかけた尾崎紀世彦のような無敵のウォンガウ(フィリップ・ン)に、晩年の内田裕也そっくりな髪型の狂犬チャウなど、とにかく全員のビジュアルのクセが強すぎる。

個人的に一番好きだったのは、終盤でサモ・ハン・キンポー演じるボスにやられてしまう、スキンヘッドの二刀流包丁使いの男だ。彼もまた「俺は絶対に雑魚じゃありません」と全身でアピールしているような見事な面構え。

こうしたキャラ立ちの良さが、観客の「推し」を見つける楽しみを大いに刺激している。

新旧交代のドラマ

物語の構造に着目すると、本作には非常に強い「ノスタルジーと継承」のテーマが横たわっている。

『トワイライト・ウォリアーズ(黄昏時の戦士たち)』というタイトル自体が、間もなく取り壊される九龍城砦の運命だけでなく、一つの時代を築き上げた「香港アクション映画自体が黄昏時を迎えているのではないか」という哀愁の暗喩に思えてならない。

中盤、九龍城砦の絶対的なボスであり、主人公チャン・ロクン(ルイス・クー)を庇護してきた“竜巻”こと龍捲風が退場していく展開は、あまりにも劇的で切ない。

彼が身を挺してロクンたち若者を九龍城から脱出させるシークエンスでは、新旧のスターたちが入り乱れて血みどろの戦いを繰り広げる。しかし、最終的なクライマックスの死闘は、完全に「新世代の若者たちだけ」に託されるのだ。映画の構造そのものを使って、香港アクション映画の新旧交代を力強く宣言している見事な演出である。

また、劇中には日本カルチャーへの目配せも非常に多い。荻野目洋子の『ダンシング・ヒーロー』の原曲がディスコで流れたり、吉川晃司の『モニカ』をカラオケで熱唱したり、田原俊彦の名前がセリフに登場したり。サップイーが日本のアダルトビデオを扱っているという設定も含めて、80年代の香港がいかに日本のポップカルチャーと密接にリンクしていたかがよくわかる。

そして何より忘れられないのが、九龍城名物の叉焼飯(チャーシューハン)だ。カメラがかなり寄りで捉え、シズル感たっぷりの光沢を放つその一杯は、作り手の「絶対にここは美味そうな食べ物であることを観客に伝えるぞ」という異常な気概を感じさせた。個人的には『劇場版 孤独のグルメ』以上に食欲をそそられ、映画の帰りに無性に中華料理屋へ駆け込みたくなったほどだ。

取り壊される運命にあるものと、それでも確かに受け継がれていくもの。そして、理不尽なほどの暴力と、それに抗う圧倒的な生命力。『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』は、かつての香港映画が持っていた野蛮なエネルギーを、現代のVFXと洗練されたアクションで見事に蘇らせた、マスターピースである。

ソイ・チェン 監督作品レビュー