『X エックス』(2022年/タイ・ウェスト)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー
『X エックス』(原題:X/2022年)は、タイ・ウェストが監督・脚本を務め、新進気鋭のスタジオ「A24」が製作したスラッシャー・ホラーである。1979年のテキサスを舞台に、ポルノ映画を撮影するため人里離れた農場を訪れた男女6人のグループが、貸主である不気味な老夫婦の狂気にさらされる姿を描く。主演のミア・ゴスが、野心溢れる若き主人公マキシーンと、殺人鬼と化した老婆パールの二役を演じ分けていることでも話題を呼び、サターン賞ホラー映画賞などにノミネートされた。1970年代のホラー映画へのオマージュを捧げつつ、「若さ」への執着と「老い」の悲哀を鮮烈に衝突させており、血飛沫の中に人間の根源的な欲望と絶望を浮かび上がらせる。
- 2022年度映画秘宝:第4位
70年代インディペンデント映画へのオマージュ
ホラーとポルノ。タイ・ウェスト監督が放つ『X エックス』(2022年)は、かつて日陰者として共存していたこの二つのジャンルを悪魔合体させ、血しぶき舞うスラッシャー映画の枠をブチ破った野心作だ。スクリーンからは、1970年代のインディペンデント映画に対する異常なまでの愛と、リスペクトが溢れ出す。
1970年代後半のアメリカ映画界は、巨大なスタジオシステムが崩壊し、野心に満ちた若き才能たちが安い予算と引き換えに圧倒的自由を手にした時代。なかでもホラーとポルノは、制作ハードルの低さゆえに、新人監督たちが腕を競い合う登竜門として機能していた。
テキサスのうらぶれた農場という舞台設定は、トビー・フーパー監督の『悪魔のいけにえ』(1974年)のテクスチャを強烈に呼び覚まし、ポルノ映画の撮影クルーが主人公という構図は、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ブギーナイツ』(1997年)と相似形を描き出す。
しかしタイ・ウェストの狙いは、過去の名作群をサンプリングしたノスタルジーの消費に留まらない。彼はこの血生臭い舞台に、美醜と若さという、誰もが逃れられないテーマを真正面からぶつけているのだ。
老いと若さの鏡像:ミア・ゴスの二役
本作の最も素晴らしい(そして変態的な)発明は、シワだらけの殺人鬼パールと、野心剥き出しの若きポルノ女優マキシーンという光と影の二役を、ミア・ゴスが一人で演じ切っている点にある。
老境に差し掛かったパールは、かつての自分のように若さと美貌をひけらかし、生命力を爆発させるマキシーンを目の当たりにする。その瞬間、彼女の脳内で「輝かしかった過去の自分」と「朽ちゆく現在の自分」の残酷なコントラストが決定的にバグを起こしてしまう。
パールの中で渦巻くのは、若者への安っぽい嫉妬や憎しみといった、生易しい感情には収まらない。それは、ハリのある肌を失ったことへのむせび泣くような悲嘆、スターになる夢を取りこぼしたどす黒い悔恨、そして永遠に手の届かない幸福への狂気的な執着である。
対するマキシーンは、パールが喉から手が出るほど欲した理想像の完全な実体化だ。はち切れんばかりの肉体、のし上がってやるというギラギラした野心。パールは、自分が永遠に喪失してしまった愛や美しさ、そして社会からの承認を、若きマキシーンの身体に重ね合わせていく。
だからこそ、ここで引き起こされる惨劇は、よくあるホラー映画の殺戮とは一線を画す。それは、崩壊していく自らのアイデンティティを血の海の中で再構築しようとする、極めて儀式的な自己救済なのである。
『サブスタンス』との共鳴
非常にエキサイティングなのは、この主題がコラリー・ファルジャ監督の『サブスタンス』(2024年)と、強烈なシンクロニシティを起こしている事実だ。
『サブスタンス』では、落ち目のハリウッドスターであるエリザベス・スパークル(デミ・ムーア)が、謎の薬品を使って自らの肉体から若く完璧な分身スー(マーガレット・クアリー)を細胞分裂のように生み出してしまう。
やがてひとつの存在であるはずの二人は、主導権を巡って血みどろの殺し合いへと発展し、老いと若さの絶望的な衝突がグロテスクなまでに描き出されていく。
両作はともに、老いた自分と若き自分の対峙という鏡合わせのテーマを抉り出しているが、そのアプローチは全く違う。『X エックス』が『悪魔のいけにえ』直系のテキサス・スラッシャー文脈に則ったのに対し、『サブスタンス』はデヴィッド・クローネンバーグ的なボディ・ホラー。
デヴィッド・リンチ的な異形のフリークス表現すら彷彿とさせる、肉体が物理的に崩壊していく触覚的シネマとしての恐怖を通じて、女性のアンチエイジングへの強迫観念を視覚化しているのだ。
ジャンルの切り口こそ違えど、タイ・ウェストとコラリー・ファルジャという現代ホラー界の最前線を走る二人が、奇しくも同じタイミングで同じ病理をえぐり出したことは、ちょっとした映画史的事件と呼んで差し支えないだろう。
スラッシャーの枠を超えて
老いと若さの鏡像をミア・ゴスという一人の肉体に引き受けさせたことで、『X エックス』は血肉が飛び散るエンターテインメントの枠を軽々と飛び越え、ある一人の女性が辿った悲劇的な人生模様へと変貌を遂げている。
シワに刻まれたパールの凶行は、ホラー映画としてのお約束であると同時に、美しさへの執着や社会からの評価という呪縛に対する、絶望的なプロテストとして機能しているのだ。
さらにこの映画は、見事な色彩設計で若き日を描いた前日譚『Pearl パール』(2022年)と連結することで、老いと欲望のテーマを時間軸の彼方へと一気に拡張してみせる。
『Pearl パール』において、パールがいかにして夢を抱き、そして無惨に打ち砕かれていったかという狂気の原点が解像度高く提示されることで、我々は彼女を狂った老婆として片付けることができなくなるのだ。この連続性によって、シリーズ全体が、人間の業と時間の残酷さが交錯するアレゴリーとして完成している。
誰しもが絶対に逃れられない老いという現実と、永遠の若さへの狂おしい渇望。その引き裂かれるような葛藤をエンターテインメントのど真ん中に叩きつけることで、タイ・ウェストはジャンル映画の皮を被った、恐るべき人間ドラマを創出してみせたのである。
- 監督/タイ・ウェスト
- 脚本/タイ・ウェスト
- 製作/タイ・ウェスト、ジェイコブ・ジャフケ、ハリソン・クライス、ケヴィン・チューレン
- 製作総指揮/キッド・カディ、デニス・カミングス、サム・レヴィンソン、アシュリー・レヴィンソン、カリーナ・マナシル、ピーター・ポーク
- 撮影/エリオット・ロケット
- 音楽/タイラー・ベイツ、チェルシー・ウルフ
- 編集/タイ・ウェスト、デヴィッド・カシェヴァロフ
- ハウス・オブ・ザ・デビル(2009年/アメリカ)
- X エックス(2022年/アメリカ)
- X エックス(2022年/アメリカ)
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