2026/5/1

『Age Of』(2018)徹底解説|バロックな意匠とデジタルな断片が交差する、電子音楽の新たな神話

『Age Of』(2018年/ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー

10段階評価
6
OKAY

概要

『Age Of』(2018年)は、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(OPN)ことダニエル・ロパティンが、現代電子音楽の旗手としての地位を不動のものにした記念碑的な一作。本作ではジェームス・ブレイクを共同プロデューサーに迎え、これまで築き上げてきた実験的なエレクトロニカの手法に、中世バロックの意匠やポップ・ミュージックの構造を大胆に融合。「Black Snow」や「The Station」に見られるように、断片化されたデジタル・ノイズの狭間から立ち上がるメロディは、文明の崩壊とその後の再生を予感させるような、神話的で壮大な物語性を湛えている。

受賞歴
  • 2018年Pitchfork:年間ベストアルバム第31位
  • 2018年Rough Trade:年間ベストアルバム第17位
  • 2019年ミュージック・マガジン:年間ベスト・アルバム エレクトロニック・ミュージック部門 第2位
目次

映画音楽からの帰還と、バロック的アプローチ

OPN(ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー)こと、ダニエル・ロパティン。

ヴェイパーウェイヴの先駆者として神格化された後、『R Plus Seven』(2013年)や『Garden of Delete』(2015年)といった先鋭的なアルバムで、エレクトロニック・ミュージックを更新し続けてきた。彼のキャリアは常に、聴く者の脳髄をハッキングするような奇襲の連続である。

そんな彼にとって決定的な転機となったのが、サフディ兄弟監督の映画『グッド・タイム』(2017年)のサウンドトラック。彼はこの作品で、カンヌ国際映画祭の最優秀サウンドトラック賞をかっさらった。

劇伴作家としての手腕を世界に見せつけた彼が、そのままハリウッドのレッドカーペットをドヤ顔で闊歩するかと思いきや、見事に我々の期待を裏切り、再び極めてパーソナルな表現へと立ち返ったのが、本作『Age Of』である。

アルバムの幕開けを飾るタイトルトラック「Age Of」を再生するやいなや、多くのリスナーは面食らうはず。そこから聴こえてくるのは、彼のお家芸であるシンセサイザー/サイバーパンク的なノイズではなく、中世ヨーロッパの宮廷を思わせるチェンバロの優雅でクラシカルな響きだ。

フローティング・ポインツやボーズ・オブ・カナダといった先人たちが、エレクトロニカと生楽器、あるいは古いテープの質感をいかにノスタルジックに融合させるかを探求してきたのに対し、ロパティンのアプローチはもっと乱暴で猟奇的。

彼は、最先端のデジタル・テクノロジーと前近代的な古典楽器を融合させるのではなく、まるで事故のようにクラッシュさせることで、過去でも未来でもない、ひたすらに不気味な現在の音響を作り出しているのである。

ダニエル・ロパティンの「声」とミュータント・ポップ

『Age Of』がこれまでのOPNの作品群と決定的に一線を画しているのは、「声」という極めて人間的な要素が、サウンドのど真ん中に鎮座している点だ。

これまでもボーカルのサンプリングや、原形をとどめないほどのチョップ処理は多用してきた彼だが、本作ではなんとロパティン本人がマイクを握り、積極的にリード・ボーカルを取る。

先行シングル「Black Snow」は、このアルバムを象徴するようなキラーチューン。インダストリアルなビートと不穏な環境音が渦巻く中、オートチューンで奇妙に歪められた彼の歌声が、まるで往年のR&Bのごとくエモーショナルに響き渡る。

さらに面白いのは、この曲のインスピレーション源が、90年代のアンダーグラウンドなサイバネティクス研究集団CCRU(サイバネティック文化研究機関)や、哲学者ニック・ランドの難解なテキストだという事実だ。

終末論的なサイバー理論を、あえてポップなオートチューン・ボーカルで熱唱するという倒錯具合に、彼の尋常ではないユーモアセンスが光っている。

極めつけは「The Station」。この妖しくもグルーヴィーな楽曲は、なんとあのR&B界のスーパースター、アッシャーに提供するつもりで書かれたデモだったというのだから、爆笑だ。

結果的にアッシャーの手に渡ることはなかったものの、その幻のR&Bトラックを自ら再構築して自作に取り込んでしまうあたりが、最高にクール。

さらに本作には、アノーニやケルシー・ルーといった現代最高峰のアーティストたちに加え、ミックスやプロダクションの共同作業者としてジェイムス・ブレイクが全面参加している。

ジェイムス・ブレイクのロサンゼルスのスタジオで、共同生活のようにして練り上げられたという本作。彼らの生身の歌声と、ロパティンの人工的なボーカル、そしてイーライ・ケスラーによる生々しいジャズ・ドラミングが混然一体となることで、このアルバムは唯一無二のミュータント(突然変異)ポップへと変貌を遂げているのだ。

AI時代のフォークロア

アルバム全体を重苦しくも美しく覆っているのは、人類の歴史がいよいよ終焉に向かい、テクノロジーやAIが人類に代わって「新たな神話」を自動生成し始めているかのような、圧倒的に終末論的なSF的ヴィジョンである。

実際、本作は『MYRIAD』と名付けられた壮大なマルチメディア・コンサートの一部として構想されており、「Echo(反響)」「Harvest(収穫)」「Excess(過剰)」「Bondage(束縛)」という、人類史を模した4つの時代(Age)を巡るコンセプチュアルな物語が背景に横たわっている。

先述の「The Station」や、まるで映画音楽の続編のようなタイトルを持つ「Toys 2」といった楽曲で展開される、美しくもどこかディストピア的なサウンドスケープ。

それは、映画『ブレードランナー』(1982年)の退廃的な都市のパノラマを彷彿とさせつつ、同時に坂本龍一が晩年のアンビエント作品で描いた「人間が消えたあとの地球で鳴っている音楽」というコンセプトにも通底する、冷徹で壮絶なロマンティシズムに満ちている。

情報が飽和し、サブスクリプションの海の中で、あらゆる過去の音楽ジャンルが文脈を剥ぎ取られてフラットに陳列される現代。ダニエル・ロパティンは、それらの死骸をただ切り刻んで遊ぶだけでなく、自らの手でフランケンシュタインのように丁寧に縫い合わせ、生命を吹き込み、ひとつの奇妙なフォークロアを紡ぎ出した。

『Age Of』は、情報過多で、しかしどうしようもなく滑稽な時代(Age)そのものを、ノイズとメロディによって克明に記録した、狂気と愛に満ちた歴史的ドキュメントなのである。

アルバム情報
プレイリスト
  1. 1. Age Of
  2. 2. Babylon
  3. 3. Manifold
  4. 4. The Station
  5. 5. Toys 2
  6. 6. Black Snow
  7. 7. myriad.industries
  8. 8. Warning
  9. 9. We’ll Take It
  10. 10. Same
  11. 11. RayCats
  12. 12. Still Stuff That Doesn’t Happen
  13. 13. Last Known Image of a Song
ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー アルバムレビュー