どこか菜食主義者的な匂いも感じさせる、坂本龍一の端正なサウンド・プロダクション
『Smoochy』(1995年)以来、およそ9年ぶりとなる坂本龍一のオリジナル・ソロ・アルバム『Chasm』(2004年)は、歴史の大きな転換点となった9.11以降に製作されたアルバムである。
時の大統領ジョージ・ブッシュは、一般教書演説でイラク、イラン、北朝鮮の3カ国を“悪の枢軸”と糾弾し、世界を「アメリカ」と「反アメリカ」という二元体制に単純化させてしまった。
あらゆる美辞麗句で正当化されるイラク戦争に対し、“非戦”というテーマを掲げて所信表明を行った教授にとって、“Chasm=深い割れ目、隔たり”について語った作品をリリースすることは、必然だったのだろう。
デジタルとアナログ、アンビエンスとノイズ、東洋と西洋、ポップとアバンギャルド。あらゆる二項対立を共存させるサウンドスケープを、彼はこのアルバムで目指したのではないだろうか。M-3『War & Peace』なんていう曲のタイトルは、直裁すぎるほどだ。
全体的に音のプレスは軽く、エッジも丸いが、オーガニックなサウンドは耳馴染みが良く、相も変らぬ精緻なサウンド・プロダクションには舌を巻く。
一時期坂本龍一はいっさい肉を口にしないベジタリアンだったらしいが、『coro」のようなノイズ・ミュージックすら端正なサウンドに紡ぎ上げてしまう手触りは、どこか菜食主義者的な匂いも感じる。
かつてポップ路線を貫いた『Sweet Revenge』(1994年)を発表するやいなや、「坂本は軟弱になった!」と批判を浴びたことは記憶に新しいが、『Chasm』はそれすらも通り越して、もはや枯山水のような境地に辿り着いたようだ。
もちろん、ハードウェアの革新的な進歩も無関係ではない。HUMAN AUDIO SPONGE(SKETCH SHOW+坂本龍一によるユニット)が、SONORでライヴをおこなった際に、坂本龍一はこんな発言をしている。
「昔はレゴみたいな部品を土台にして音楽をつくっていたのだが、今ではその部品という概念すらなくなって、音楽製作の自由度が飛躍的に上がった」
これは換言すれば、テクノロジーの発達によって、“音”を構成する最小単位がミクロ化したことを意味している。
エレクトロニカ・ミュージックの世界においても”ナノ・テクノロジー化”の波は押し寄せたのだ。サン・ウェイブ(音の最小単位)で構成された音のひとつぶひとつぶは、良質のベルベットのようになめらかで、羽毛のように繊細。そして何よりも美しい。
『Chasm』の製作にあたって、坂本龍一は「自発的に、ほとんど何も方針を決めないまま、ただ作りたいという気持ちだけを頼りに作った」と語っている。
全く同じアプローチでつくられた『音楽図鑑』(1984年)は、メロディーの美しさが際立つアルバムだったが、『Chasm』はまず音そのものの美しさを愛でるべき作品だ。
- アーティスト/坂本龍一
- 発売年/2004年
- レーベル/ワーナーミュージック・ジャパン
- undercooled
- coro
- War & Peace
- CHASM
- World Citizen
- only love can conquer hate
- Ngo / bitmix
- break with
- + pantonal
- the land song
- 20 msec.
- lamento
- World Citizen
- Seven Samurai – ending theme
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