『Endlessness』(2024年/ナラ・シネフロ)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー
『Endlessness』(2024年)は、ナラ・シネフロ(Nala Sinephro)がWarpから発表した2作目のアルバムで、モジュラーシンセやピアノ、サックスなどを用いて連続的に構成された全10曲が収録されている。前作『Space 1.8』(2021年)に続き、彼女は自身の名義を冠したプロジェクトを展開し、本作では「Continuum」と名付けられた各トラックが切れ目なく連なり、ひとつの流れとして配置されている。シネフロは本作で電子音と生楽器を併置し、複数の編成を組み合わせながら、音が生まれては消えていく過程を連続して描き出し、リスナーが流れの変化を追う体験へと導いていく。
- 2024年Pitchfork:Best New Music
輪廻するサウンドスケープと時間の再編成
2024年、僕のプレイリストはほとんどこの一枚で占められていた。ナラ・シネフロのセカンドアルバム『Endlessness』(2024年)である。
前作『Space 1.8』(2021年)が個人的な癒しのプロセスを記録した静謐なアンビエント作品だったのに対し、本作は生命の輪廻転生というより巨大なテーマへと挑んでいる。
モジュラーシンセとハープを中心に据えながらも、アルバム全体がひとつの果てしない循環を象徴するように設計されており、彼女の音楽的ビジョンは恐ろしいほどの拡張を遂げているのだ。全10曲からなる収録曲すべてにContinuumというタイトルが付けられていることからも、その一貫した美学が窺える。
本作において顕著なのは、サウンドデザインの劇的なダイナミズムである。深い瞑想性はしっかりと保持したまま、厚みのある弦楽器のオーケストレーションやリズムセクションの力強い介入によって、音響空間に明確な起伏が生まれている。
ドラムの推進力が一気に表出する場面では、即興的なエネルギーがジャズ特有の肉体的な熱を帯び、緻密に編み込まれた冷たい電子音と見事なコントラストを描き出す。この熱と冷気が共存する両義性こそが、彼女の音楽を単なる心地よい環境音楽の域から遠く引き離している要因だ。
楽器編成の絶妙なバランス変化も見逃せない。前作で中核を担っていたハープの出番は少しばかり抑えられ、代わってモジュラーシンセとピアノが作品の強固な基盤を形成している。
とはいえ、シネフロの奏でるハープが不要になったわけじゃない。むしろ要所で電子音と有機的に接続されることで、従来のジャズ文脈にはなかった音響的な新地平を切り拓いている。
そこに微細なサックスの響きやパーカッションの断片が重なることで、音のテクスチャーはより多層的かつ立体的なものへと進化を遂げているのである。
そして最も注目すべきは、この音楽が我々の時間感覚そのものを再編成してしまう点だ。終わりのなさや連続性といった概念は、アルバム全体を太く貫く美学的な原理となっている。各トラックがシームレスに移行していくため、聴く者はいつの間にか楽曲の区切りを見失い、ただひたすらに生成し続ける音の巨大なうねりの中に没入させられることになる。
結果として、現実世界のせわしない時間の流れから完全に切り離され、音の持続そのものを永遠として体感させられてしまうのだ。時計の針をむりやり止めてしまうような、恐ろしいほどの音の引力がここにはある。
静謐と即興が交差するスピリチュアルな到達点
僕は2024年11月、めぐろパーシモンホールで行われた待望の初来日公演で、彼女のアンサンブルを間近で目撃した。
愛想の良いMCなどを一切排し、ストイックに音のみの対話を貫くステージは、スタジオ録音以上に生々しい即興的要素が強調されていた。極度の緊張と穏やかな解放を繰り返す音の連鎖が、満員の観客を恐ろしいほどの深い没入へと導いていく。
ライブという一回性の場においても、輪廻転生や途切れることのない連続性というアルバムの主題が、空間全体を使って見事に立体化されていたのである。
本作は、近年のアンビエントやスピリチュアルジャズの潮流の中で、間違いなく最重要と呼べる金字塔的な作品だ。フローティング・ポインツやマカヤ・マクレイヴンといった先鋭的なアーティストたちの試みが示しているように、即興演奏と電子音響のシームレスな接続は現代ジャズにおける大きな命題となっている。シネフロはそれを、誰よりも静謐で、かつ形而上的な方向へと極めてみせた。
ブライアン・イーノ以降の洗練されたアンビエント美学を正統に継承しながらも、そこに宿るヒリヒリとした即興性と宗教的な祈りにも似た奥深さは、1970年代のスピリチュアルジャズの熱い系譜とも見事に交差している。
共鳴する電子の脈動とオーケストラルな空間構築
ライブでの張り詰めた体験から改めて本作のサウンドデザインへと意識を戻すと、その音響構築が極めてミクロな視点とマクロな視点を同時に持ち合わせていることに気づかされる。
特に耳を奪われるのは、本作のスケールを劇的に拡張させているストリングスと、モジュラーシンセサイザーの融合である。前作『Space 1.8』のパーソナルな手触りから飛躍し、21人編成の弦楽器群を導入したことで、音像には圧倒的な奥行きが生まれた。
フローティング・ポインツとファラオ・サンダースが共作した『Promises』(2021年)にも通じる、静寂の中から立ち上がる持続音のグラデーションは、リスナーを瞬時に音の深淵へと引きずり込む。
シネフロが操るシンセサイザーは、単にアンビエント的な背景を塗りつぶすためだけのものではない。それは時として心臓の鼓動のような低周波のパルスを刻み、またある時は空間を飛び交う高周波の微粒子となって、楽曲全体の血流として機能している。
そこにヌバイア・ガルシアの吹き込むサックスの肉感的な響きや、ドラムスによる変則的で力強い推進力が介入する瞬間、冷たい電子音と熱を帯びた生楽器のジャズ・グルーヴは、反発することなくひとつの巨大な有機体として脈打ち始めるのだ。
また、ミックスにおける周波数帯域の棲み分けと立体的な配置も見事の一言に尽きる。シンセサイザーの冷涼なテクスチャーが空間の上部と下部を覆い、中音域の特等席でハープやピアノ、サックスの有機的な響きが交錯する。この3D的な音響設計により、リスナーは音の波に包み込まれながらも、各楽器の微細なニュアンスをはっきりと聴き取ることができる。
かつてアリス・コルトレーンが『Journey in Satchidananda』(1970年)においてハープやストリングスを用いて切り拓いた精神世界を、現代の高度な電子音響のフィルターを通してアップデートしたような趣すらある。
緻密に計算された周波数のコントロールと空間処理があるからこそ、『Endlessness』の提示する「輪廻」は単なる観念にとどまらず、物理的な音の振動として僕たちの肉体を共鳴させ続けるのである。
参考文献・出典
- 1. Continuum 1
- 2. Continuum 2
- 3. Continuum 3
- 4. Continuum 4
- 5. Continuum 5
- 6. Continuum 6
- 7. Continuum 7
- 8. Continuum 8
- 9. Continuum 9
- 10. Continuum 10
- Space 1.8(2021年)
- Endlessness(2024年)
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