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2026/1/18

『FACES』(2025)徹底解説|静寂を切り裂く衝動と究極の音響工作

TORSO『FACES』(2025)
アルバム考察・解説・レビュー

8 GOOD

『FACES』(2025年)は、KenjiとOrieによる夫婦ユニットTORSOが放つ2枚目のスタジオアルバム。内田直之が手掛けた精緻なダブ・ミックスと、英国の名門The Exchangeで刻まれたアナログカッティングにより、音響工作の極致を体現した一作だ。チェロとフルートが描くスティーヴ・ライヒ的なミニマリズムの裏側には、Kenjiが持つパンクの身体性が脈打っており、優雅な旋律が時折見せる「ノイズ」や「反復」の暴力性が聴き手の意識を揺さぶる。「VEGA」や「BOUNCE」といった楽曲を通じて、家庭内という親密な空間から宇宙的な広がりへと飛躍する構成が展開される。

TORSOが提示する、2026年型パンク・アンビエントの逆襲

東京のアンダーグラウンドを静かに、だが確実に侵食してきたKenjiとOrieによるTORSOのセカンド・フルアルバム『FACES』(2025年)は、現代音楽の仮面を被った、あまりにも純度の高いテロリズムだ。この作品を、心地よい癒やしの音楽として消費するのは間違っている。なぜなら、ここには静寂と同じだけの“暴力”が詰まっているからだ。

このアルバムを語る上で避けて通れないのが、ミニマリズムの再定義だ。スティーヴ・ライヒが提唱したズレの美学や、フィリップ・グラスの執拗な反復。それらは本来、数学的な美しさを持っていたはずだが、TORSOが鳴らす反復は、もっと泥臭く、もっと人間臭い。

内田直之が施したミックスは、目黒パーシモンホールという公的空間の響きを、まるで個人の密室で鳴っているかのような極私的な音響へと鮮やかに解体・再構築している。

特に5曲目の「VEGA」。こと座の一等星の名を冠したこの曲では、もはや楽器の音が楽器として聞こえない。それは宇宙の塵が擦れ合うような、あるいは深海で巨大な生物が呼吸しているような、アブストラクトな震えそのものだ。

実際にその場にいた者しか得られない経験、伝説的エンジニアによる専門」と権威性、そして一切の妥協を許さない制作姿勢への信頼。これらが四位一体となって、我々の耳に襲いかかってくる。

デジタル・ストリーミングという、形のない幽霊のような音楽体験が主流の現代において、TORSOは物理的な重みという武器を持って反旗を翻したのだ。

伝説の職人たちが刻んだ溝の深さ

なぜ今、我々はわざわざ重たいアナログ盤をターンテーブルに乗せなければならないのか?その答えが、この『FACES』には刻まれている。本作の制作陣を見れば、これが単なる家内制手工業の域を超えた、国家的プロジェクト級のこだわりで貫かれていることが分かるだろう。

ミックスの内田直之に加え、マスタリングとカッティングには、あのボブ・マーリーやグレイス・ジョーンズの音を支えた、英国ロンドンの伝説的マスタリング・スタジオThe Exchangeの職人グレイム・ダラムを招聘しているのだ。この布陣、もはや勝確である。

グレイム・ダラムが刻んだ深い溝から溢れ出す音は、部屋の空気を物理的に震わせ、壁を透過し、隣人の安眠を妨げる。それこそが、音楽が本来持っていた物理的な干渉力なのだ。

さらに、この物質的なこだわりを決定づけているのが、中原昌也によるアートワーク。柔らかな色彩感覚で描かれたジャケットに、一枚一枚手刷りされたシルクスクリーンの手触り。500枚限定という希少性も相まって、このLPを所有することは、もはや一つの事件への関与を意味する。

いろいろ調べてみると、海外の批評家たちは本作をアーサー・ラッセルの再来だと囃し立てているようだ。確かに、チェロ一本で宇宙を描こうとしたアーサーの孤独な魂と、TORSOの響きは共鳴しているかもしれない。

だが、ここにはもっと横の繋がりを感じさせる体温がある。中原昌也のノイズ、内田直之のダブ、それらすべてを繋ぎ止めてしまう、恐るべき器の大きさ。本作は、2026年というデジタルが極まった時代において、我々が失いかけていた肉体的な音楽の最後の砦なのだ。

表参道の地下で剥き出しになったTORSOの真実

2026年1月12日、表参道WALL&WALLのステージに、僕はいそいそと出かけて行った。最前列に陣取って彼らのライヴをじっと眺めていたのだけれど、そこで目撃したのは、Kenjiがスニーカーをベタ踏みし、野性的な足取りで機材を踏みつけてループを構築する姿だった。音楽自体はポスト・クラシカルでありながら、その精神性は完全に路地裏のパンク。このギャップにはちょっとヤラれた。

Orieのチェロもまた、弓を置き、指で弦を弾くピッツィカートを時折披露して、打楽器のように空間に穴を開けていく。その点描画のような音の粒子が、会場を包み込んでいた。

一分の隙もない音像を構築し、演奏を終えた瞬間、Kenjiは間髪入れずマイクで「ありがとうございまーす」と感謝。余韻もヘッタクレもない、拍子抜けするような軽さ!

だが、ひょっとしたらこれこそが、アルバムタイトル『FACES』なのかもしれない。そこには、構築された芸術家としての「顔」だけでなく、スニーカーのかかとを踏み潰して生活し、夫婦で飯を食い、その延長線上で音を鳴らしているという「素顔」が同居している。

たぶん、彼らは自分たちを高い場所に置こうなんてさらさら思っていない。ただ、自分たちの生活に流れるリズムを、極限まで精緻に記録したに過ぎないのだろう。

あの一言で、張り詰めていた芸術的な静寂は解かれていく。このライブ体験を含めてこそ、『FACES』は完結するのかもしれない。

DATA
PLAY LIST
  1. 1. BOUNCE
  2. 2. BREATH TYPES
  3. 3. SAND
  4. 4. ES
  5. 5. VEGA
  6. 6. BLINKING
  7. 7. HEAT
  8. 8. NIGHT FALL
  9. 9. CONTACT
  10. 10. CHIME
DISCOGRAPHY
  • FACES(2025年/Self-released)