『Kuni』(2022年/LNDFK)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー
『Kuni』(2022年)は、チュニジアとイタリアの血を引く俊英LNDFKが、フューチャー・ソウルや現代ジャズのエッセンスを吸収しつつ、自身の多文化的なアイデンティティを鮮烈に具現化したデビュー・アルバム。ロバート・グラスパー以降の文脈を感じさせるオーガニックで精緻なジャズ・ビートと、彼女自身の幽玄でたおやかなヴォーカル、さらにはエレクトロニカやインダストリアルの鋭利な音響工作。洗練されたネオ・ソウルの快楽性と、映画の劇伴を思わせるアヴァンギャルドなテクスチャが共存する音響空間は、聴き手をオリエンタルな叙情と冷徹なモダン・ビートが交差する「未知の幻惑世界」へと誘う。
イタリアから届いたネオソウルの突然変異
2022年の個人的な音楽体験を振り返ったとき、僕のなかで「2022年はこのアルバムに尽きる」という大傑作が存在する。イタリア発の音楽プロジェクトLNDFK(リンダ・フェキ)による待望のデビューアルバム『Kuni』(2022年)だ。
90年代からゼロ年代にかけてのR&Bやネオソウル、エレクトロニカ、さらにはジャズやボサノヴァの系譜を長年マニアックに深掘りし続けてきた僕にとって、本作はまさにそれらすべての音楽的エッセンスが現代的解像度で完璧にアップデートされた理想郷のように響く。
一言で表現するなら、エレクトロニカ寄りのネオソウルサウンドなのだが、これがもう脳髄がとろけるほどに超絶気持ちいいのだ。
ブルックリンを拠点とする気鋭レーベル、Bastard Jazz Recordingsからドロップされた本作は、チュニジア人の父とイタリア人の母を持ち、ナポリで育ったシンガーソングライターのリンダ・フェキと、共同プロデューサーであるダリオ・バッソリーノによる珠玉のコラボレーション。
オーガニックな生楽器の温もりと、冷ややかでグリッチーな電子音が極めて高度なバランスで同居しており、スピーカーから流れてくる一音一音のテクスチャーが信じられないほどに豊かでエロティックに構成されている。
北野武が導く、花と炎の二項対立パラダイム
本作を語る上で絶対に避けて通れないのが、強烈な日本文化へのリスペクトとマニアックなサンプリング精神だ。
アルバムの幕開けを飾るアンビエントなインストゥルメンタルナンバーのM-1「Hana-bi」と、それに続く極上ジャズグルーヴのM-2「Takeshi」。
これらのタイトルが示す通り、この2曲は北野武監督の映画『HANA-BI』(1997年)に強烈なインスパイアを受けて制作されたナンバーだというのだから本当に驚かされる。
日頃から映画を観る際、物語のプロットよりも画面の構図や編集のクールさ、歴史的文脈といった視覚的・技術的演出に重きを置いて作品を分析してしまう僕の目線からしても、このアルバムの音響設計は極めて映像的だ。
北野映画特有の「突発的な暴力と、その後に訪れる恐ろしいほどの静寂のコントラスト」が、見事に音響レイヤーとして翻訳されていると感じる。
久石譲が手がけたあの美しくも残酷なサウンドトラックの世界観を、ナポリの若き才能たちがネオソウルの文脈で堂々と再解釈するというこの文化的交差点の面白さは、ちょっと筆舌に尽くしがたい。
「Hana-bi」が表現する花と炎、すなわち生と死(エロスとタナトス)という二項対立のテーマは、本作全体を貫く強靭なコンセプトとなっている。
さらに特筆すべきは、M-6に収録された別バージョンの「Hana-bi (feat. ASA-CHANG)」だ。日本が世界に誇るアヴァンギャルドパーカッショニスト、ASA-CHANGが肉声とパーカッションで参加しており、彼の呪術的で有機的なリズムが、リンダ・フェキの構築する無国籍エレクトロニカ世界に異物としての生々しい血を通わせている。
ポリリズムと肉声の交錯
音楽的な内部構造に耳を傾けると、彼らのサウンドが単なる雰囲気モノのチルアウトミュージックなどではなく、極めて肉体的で先鋭的なビートミュージックであることがよくわかる。
M-2「Takeshi」を筆頭に、全編にわたって展開されるのは、クエストラブやカリーム・リギンス、あるいはユセフ・デイズらを彷彿とさせる、ドライブ感満載のシンコペーションドラムと、正気を失いそうになるほどにうねりまくる極太ベースラインの応酬だ。
そこにジャズの複雑なテンションコードが絡み合い、リンダ・フェキのセクシーで浮遊感のあるボーカルが乗っかってくる。彼女の声は単なるメロディを歌うための道具ではなく、サンプラーでトリガーされたかのようにスキャットとして飛び回り、時にはパーカッシブな楽器の一部として機能する。
このポリリズムと肉声の変態的交錯は、現代ネオソウルの最高峰であるハイエイタス・カイヨーテの音楽性をさらにエレクトロニカ方面へと押し広げ、力強く拡張したかのような圧倒的快楽をもたらしてくれる。
チェスター・ワトソンを迎えたM-4「Don’t Know I’m Dead or Not」や、ピンク・シーフが参加したM-9「How Do We Know We’re Alive」などで見せる、エクスペリメンタルなヒップホップへのアプローチも群を抜いて秀逸だ。
ジャズの即興性とヒップホップのループ感、そしてエレクトロニカの緻密な音響工作がシームレスに溶け合っており、ジャンルの境界線が完全に無効化された未来のソウルミュージックがここには確かに鳴り響いている。
越境するアイデンティティと現代ポップミュージックの到達点
『Kuni』というアルバム全体を包み込んでいるのは、アラブとヨーロッパ、そして日本のアヴァンギャルドカルチャーまでをも内包した、完全にボーダーレスなサウンドスケープだ。
チュニジアの血を引き、イタリアの地中海的風土で育まれたリンダ・フェキの極めてパーソナルなルーツが、ブルックリンのインディペンデントレーベルを介して世界へと発信される。この越境的なプロセスそのものが、情報がフラット化した現代ポップミュージックにおけるひとつの到達点を示している。
愛と死、繊細さと暴力、詩とリアリズム。本作はそうした世界に存在するあらゆる相反する概念を、10曲のトラックという多面的なプリズムを通して美しく乱反射させている。
アルバムのどの曲を切り取っても、そこに鳴っているのは紛れもない「現在進行形のブラックミュージック」でありながら、同時にどこか遠い異国の寂れた港町で鳴っている不思議な民族音楽のようにも聴こえるのだ。
何度でも言う。2022年という年は、LNDFKのこのデビューアルバムに出会えたというただその一点において、僕の音楽人生にとって極めて豊かで忘れがたい一年となった。
圧倒的音響美学とネオソウルの官能性が奇跡的融合を果たした本作は、これからも僕のプレイリストの特等席に鎮座し続け、再生ボタンを押すたびに新しい音の魔法を確実にかけてくれるはずだ。
- 1. Kuun
- 2. Kuni
- 3. Hana-bi
- 4. Smoke – Too High
- 5. Never See You
- 6. Omshanti
- 7. Don't Know I'm Dead or Not
- 8. How Do We Behave?
- 9. Takeshi
- 10. Ring
- 11. Takeshi (Reprise)
- 12. Goku
- Kuni(2022年)
![Kuni/LNDFK[CD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/411RP3lNa9L._AC_SX679_-e1780122328229.jpg)