『Oblivion with Bells』(2007年/アンダーワールド)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー
『Oblivion With Bells』(2007年)は、アンダーワールド(Underworld)が『A Hundred Days Off』から約5年ぶりに発表したスタジオアルバムで、テレビ東京ブロードバンドによるレーベル「Traffic」移籍後の初作品となる。制作過程では約200曲のデモから12曲が選ばれ、選曲にはU2のラリー・ミューレン・ジュニアやブライアン・イーノも関わった。収録曲「Crocodile」「To Heal」など、エレクトロニック・ミュージックを軸とした多彩な楽曲が並ぶ。
- 2008年ミュージック・マガジン:年間ベスト・アルバム テクノ/ハウス/ヒップホップ[海外]部門 第2位
祝祭の終わりと、音のミニマル化
2002年の『A Hundred Days Off』から約5年の時間が経過したのち、アンダーワールドが示した新たな回答が『Oblivion With Bells』(2007年)だった。
レイヴ文化の残光が急速に薄れ、スーパークラブ文化が疲弊し、テクノは細分化し、音楽産業はデジタル化の波に呑み込まれていくという、ゼロ年代前半特有の混乱が背景に横たわっていた。
『A Hundred Days Off』で顕著だった余白の美学と光のテクスチャーは、こうした状況のなかで一層深化し、音楽はより静的で、より内向きで、より有機的な方向へと移行する。
移籍先となったレーベル「Traffic」が、アジアン・ダブ・ファウンデーションやジ・オーブといったリスニングの体験価値を重視するアーティストを擁していたことも、この志向と奇妙なほど整合していた。
200曲に及ぶデモの山から12曲を抽出するプロセスには、U2のラリー・ミューレン・ジュニアやブライアン・イーノまでもが関わり、その結果として壮大なスケールと精緻な呼吸感が同居するアルバムが生まれることになる。
外部の世界がノイズに満ちていたからこそ、アンダーワールドは内側の静けさへと踏み込んだのだ。
ミニマルな身体感覚と静謐の心理空間
『Oblivion With Bells』は、世間で語られる巨大スケールのアート・アルバムという印象とは異なり、むしろ半径数メートルの空間で微細な振動を響かせるような、私的で親密な音響で構成されている。
冒頭の「Crocodile」はトライバル・ハウスのパルスが耳の膜を穏やかに叩き、ハイドの声はフロアの昂揚ではなく、聴き手の内部のリズムに作用する。外側へと開かれた四つ打ちではなく、身体の中心に向かって沈み込むビートがここでは主要な役割を担っている。
深海を漂う光の粒子のように揺らぎ続けるシンセが印象的な「To Heal」では、音は波動のように緩やかに膨らみ、外界の喧噪から隔離された閉じた空間へと誘う。
ダークでインダストリアルな質感が支配する「Cuddle Bunny vs Celtic Villages」は、金属的な残響や湿度を帯びた低域が都市の廃墟を思わせる音響風景を描き出し、アンダーワールドの音楽が外界の熱狂を手放し始めていることを示す。
そして「Good Morning Cockerel」では、生ピアノの裸の響きが電子の密林を切り裂くように現れ、静謐の中に不意のヒューマニティが差し込む。
ここにあるのはフィジカルな快楽ではなく、時間が緩慢に伸び縮みするような、内側の生理へ作用する音響の感覚だ。もはや“フロア向きかどうか”という議論は意味をなさず、アンダーワールドの音楽は聴く身体そのものを内側から変容させる段階へと移行している。
アンダーワールドが見つけた新しい身体性
『Dubnobasswithmyheadman』や『Beaucoup Fish』の時代、アンダーワールドの音楽はクラブの物理的な熱狂と密接に結びついていた。
高速の四つ打ち、サンプルの切断、多層化されたビート、昂揚のために設計された音の建築。しかし『Oblivion With Bells』は、その熱狂の外側に生まれた静かな領域を探求する。
ここにあるのは、踊るための音楽ではなく、立ち直るための音楽。外部を揺らすための音ではなく、内部に浸透する音。ドラッグカルチャーや巨大レイヴ、スーパークラブの残滓がゼロ年代初頭に残した疲弊を受け止めながら、なお音楽を続けるための新しい身体性がここで提示されている。
アンダーワールドは、サウンドのテクスチャーを深化させることで、フィジカルな昂揚よりも、バイオロジカルな覚醒に接近していく。音は身体の外側に作用するのではなく、内部に浸透し、呼吸や神経のリズムを変容させる。
『Oblivion With Bells』とは、騒乱の残響を静かに鎮め、新たな静謐へと向かう内面へのダンスの記録である。アンダーワールドにとっての第二の成熟期を告げるこのアルバムは、ゼロ年代初頭のエレクトロニック・ミュージック全体が抱えていた倦怠と更新の葛藤を、ひとつの音響建築として結晶させた作品でもある。
熱狂の残骸から生まれた、静謐と浄化のテクスチャー。それこそが『Oblivion With Bells』の本質であり、アンダーワールドがたどり着いた最も深く、最も美しい到達点なのだ。
参考文献・出典
- 1. Crocodile
- 2. Beautiful Burnout
- 3. Holding The Moth
- 4. To Heal
- 5. Ring Road
- 6. Glam Bucket
- 7. Boy, Boy, Boy
- 8. Cuddle BUnny vs. The Celtic Villages
- 9. Faxed Invitation
- 10. Good Morning Cockerel
- 11. Best Mamgu Ever
- dubnobasswithmyheadman(1994年)
- A Hundred Days Off(2002年)
- Oblivion with Bells(2007年)
![Oblivion With Bells/アンダーワールド[CD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/71ZbUtsaOVL._AC_UL640_FMwebp_QL65_-e1763188914322.webp)