『Sometimes I Might Be Introvert』──Simbiが語る“内なる宇宙”の叙事詩
『Sometimes I Might Be Introvert』(2021年)は、イギリスのラッパー、リトル・シムズ(Little Simz)が〈4AD〉から発表した4作目のアルバム。タイトルは自身のニックネーム「Simbi」を内包し、内面の葛藤と成長を描く。オーケストラ的な壮大なサウンドとヒップホップの躍動が交錯し、家族、社会、自己の狭間で揺れる感情を音楽的叙事詩として昇華した。
Simbi──タイトルに隠された自己の告白
“私はときどき内向的かもしれない”。リトル・シムズの4thアルバム『Sometimes I Might Be Introvert』(2021年)を直訳すると、彼女の性格を素直に表したものように思えるが、このタイトルにはトリックがある。頭文字をつなげると彼女自身のニックネーム Simbi になっているのだ。つまりこのアルバムは、Simbiとしての視点で語られる、自己告白的作品なのである。
アルバムは全19曲、65分。多彩な楽曲たちが、葛藤、家族、コミュニテ、社会的テーマを密度高く描き出す。制作には盟友Infloが参加し、クラシック音楽のように壮大な弦楽器、ゴスペル、R&B、ヒップホップの要素を折り重ねたサウンドスケープが構築されている。
葛藤と祝福──女性として、アーティストとして
オープニング・ナンバー「Introvert」から、シムズが抱える葛藤がストレートに提示され、聴き手は一気に彼女のインナーワールドへと引き込まれる。そのフロウは、力強くもありながら時に柔らかく、オーケストラ的な音像の中でひそやかに語りかけるようだ。
「Woman」や「Two Worlds Apart」では、落ち着いたネオソウル的グルーヴに乗せて、自己肯定と女性像への祝福が鮮やかに描かれる。中盤の「Rollin Stone」、「Protect My Energy」、「Point and Kill」、「Fear No Man」ではグライムやヒップホップ的ビートが前面に押し出され、音楽的な解放感が訪れる。
“I Love You, I Hate You”──父との断絶がもたらした芸術
M-4「I Love You, I Hate You」は、このアルバムで最もパーソナルかつヘビーなテーマを扱ったトラックだろう。彼女は、父親との断絶や複雑な感情を赤裸々に語り出す。シムズの父は幼い頃に家を離れ、その不在は彼女のアイデンティティ形成に深い影を落とした。愛情と憎悪。憧憬と拒絶。タイトル通り、相反する感情が交錯している。
リリックの中で彼女は、父親が残した「空白」が自分を強くしたと同時に、今なお消えない痛みを抱えていることを吐露する。単純な告発や断罪ではない。「もし父が違う選択をしていたら」というifもしもであり、「その不在が自分をアーティストにしたのではないか」という逆説的な認識。きわめて内省的で矛盾に満ちた心情が浮かび上がる。
そんなシムズのラップを支えているのは、重厚な弦楽器とソウルフルなビート。シネマティックなプロダクションは、彼女の生々しいエモーションをくっきりと映し出す。だからこそこの楽曲は、単なる父親批判ではなく、家族関係の複雑さと、それをどう受け止めるかという普遍的テーマに到達しているのだ。
マーキュリー賞を制した“自己省察の叙事詩”
自己内省を壮大かつ多層的に描いたこのアルバムは、メタクリティックでは平均スコア88を獲得し、BBC Radio 6 MusicやExclaim!は「2021年ベスト・アルバム」に選定。さらには2022年のマーキュリー賞も受賞した。
『Sometimes I Might Be Introvert』は、リトル・シムズがネクスト・ステージに到達したことを証明した一枚といえる。
- アーティスト/リトル・シムズ
- 発売年/2021年
- レーベル/AWAL
- Introvert
- Woman(feat. クレオ・ソル)
- Two Worlds Apart
- I Love You, I Hate You
- Little Q, Pt. 1 (Interlude)
- Little Q, Pt. 2
- Gems (Interlude)
- Speed
- Standing Ovation
- I See You
- The Rapper that Came to Tea (Interlude)
- Rollin Stone
- Protect My Energy
- Never Make Promises(Interlude)
- Point and Kill(feat. オボンジェイヤー)
- Fear No Man
- The Garden (Interlude)
- How Did You Get Here
- Miss Understood
