2026/1/3

『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』(2025)の考察/解説レビューをIGN JAPANに寄稿しました

未来を書き換える母、未来を変えられない父――なぜジェームズ・キャメロンは「アバター」を作り続けるのか?」という考察/解説レビューをIGN JAPANに寄稿しました。

「I am the king of the world!(俺は世界の王だ!)」――『タイタニック』でアカデミー監督賞を受賞した夜、ジェームズ・キャメロンはオスカー像を掲げ、主人公ジャックの台詞を壇上で叫んだ。あの瞬間、彼は文字通りハリウッドの頂点に立っていた。興行的成功、技術革新、批評的評価。そのすべてを手にした映画作家が、勝利の言葉として選んだのが「世界の王」という宣言だった。

だが、あの宣言からほぼ30年が経過した現在振り返ると、キャメロンのフィルモグラフィーには異様な空白が広がっている。その間に彼が発表した長編劇映画は、わずか3本。しかもすべてが「アバター」シリーズだ。多作でもなく、ジャンル横断でもなく、同じ世界、同じ神話、同じ家族を、異様な執念で反復し続けている。おそらく彼にとって、「アバター」は単なる巨大フランチャイズではない。それは、かつて「世界の王」を自称した男が、自分自身の人生と倫理を引き受け直すための、ほとんど私的な叙事詩なのだ。

では、その叙事詩は、どのような神話から始まるのか。キャメロンが選んだのは、共同体の外部からやってきた者が救世主となり、王として迎え入れられるという、きわめて古典的な物語構造。その中心に置かれているのが、本作の主人公ジェイク・サリーだ。

ぜひご一読ください!

ジェームズ・キャメロン 監督作品レビュー
アバター シリーズ