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2026/1/29

『What Kinda Music』(2020)徹底解説|サウスロンドンの曇天を切り裂く、音の曼荼羅

『What Kinda Music』(2020)
アルバム考察・解説・レビュー

9 GREAT

『What Kinda Music』(2020年)は、気鋭のプロデューサー兼ギタリストのトム・ミッシュ(Tom Misch)と、サウスロンドンのジャズ・シーンを牽引する天才ドラマー、ユセフ・デイズ(Yussef Dayes)による奇跡のコラボレーション・アルバム。名門レーベル「Blue Note Records」からリリースされた本作は、トムの洗練されたポップネスとユセフのエクスペリメンタルなビートが激しく衝突し、ジャズ、ヒップホップ、エレクトロニカの境界線を鮮やかに破壊する。

圧倒的才能の激突

僕がトム・ミッシュという底知れぬ才能に初めて激しく打ちのめされたのは、この圧倒的大名盤『What Kinda Music』(2020年)からだった。

ユセフ・デイズというサウスロンドン最強の天才ジャズ・ドラマーと、真っ向から手を組んだ本作の衝撃はあまりにもデカく、ここから遡るようにしてディスコグラフィーを追いかけていったものだ。本作こそが、僕にとってトム・ミッシュという巨大で抜け出せない沼の「完全なる入り口」として君臨し続けているのである。

思えば、2010年代後半からイギリスの音楽シーン、特にサウスロンドンから湧き起こっていたジャズ・ムーブメントの熱気はとてつもなく凄まじかった。その震源地にいたのが、ユセフ・カマールなどのプロジェクトで圧倒的なカリスマ性を放っていたユセフ・デイズ。

一方のトム・ミッシュは、実家のベッドルームから洗練されたポップネスと極上のギタープレイを世界へ発信し、瞬く間に新世代のスターダムへと駆け上がっていた。

全く異なる軌道を描いていたこの二人の天才が、トムのデビュー・アルバム『Geography』(2018年)のリリースパーティーで劇的な再会を果たし、そのままスタジオへ直行したことでこの歴史的プロジェクトは爆誕したのだ。

本作は、天才メロディメーカーであるトムと、超絶技巧かつエクスペリメンタルなビートを無限に叩き出すユセフの、奇跡的な化学反応の記録である。

互いのルーツであるサウスロンドンの豊潤な土壌から生み出されたこの音楽は、ジャズ、ヒップホップ、エレクトロニカの境界線を軽々と、そしてあまりにも美しく破壊してみせた。

タイトルが示す通り、「これって一体、何というジャンルの音楽なんだ?」という根源的な問いを我々リスナーに強烈に突きつける、最高にスリリングで刺激的なアルバム。

既成概念にとらわれず、ただただ自分たちが最高にクールだと信じる音だけを極限まで追求した二人の姿勢は、情報過多な現代において信じられないほど純粋であり、だからこそ我々の心をここまで激しく揺さぶるのだ。

静と動のケミストリーが放つ究極のグルーヴ

本作最大の魅力は、相反する二つの才能が真っ向からぶつかり合うことで生まれる強烈な摩擦と、その先にある未曾有のグルーヴにある。

トム・ミッシュの十八番であるメロウでキャッチーなギターリフや風変わりなコード進行と、ユセフ・デイズの予測不可能で荒々しくも凄まじい生命力に溢れたドラミング。

一見すると水と油のように思えるこの二つの要素が、プロデューサーとしてのトムの卓越した手腕によって絶妙なバランスで融合し、これまでに誰も聴いたことのない未知の音響空間を作り出している。トムはユセフのルーズでクレイジーなアイデアを殺すことなく、見事に現代ポップ・ミュージックの文脈へと落とし込んでいるのだ。

その魔法が最も分かりやすく爆発しているのが、狂気的なベースラインとうねるようなドラムが濃密に絡み合うM-7「Lift Off」。名ベーシスト、ピノ・パラディーノの息子であるロッコ・パラディーノをフィーチャーしたこの楽曲は、重心の低い重厚なビートの上をトムの軽やかなギターが自由自在に浮遊する、まさに至高のトリップ体験だ。

楽器同士が火花を散らすようなヒリヒリとした緊迫感と、思わず体を深く揺らしてしまう快楽的な心地よさが、この1曲の中に完全に同居している。

さらに、USヒップホップ・シーンの実力派ラッパー、フレディ・ギブスを客演に強烈に迎えたM-3「Nightrider」では、現行ヒップホップのドープな空気感とジャズの洗練が見事に溶け合い、極上のメロウネスを放つ。

アルバムの表題曲である「What Kinda Music」を聴けば、不穏なストリングスとエレクトロニックな質感が、ユセフの生み出すポリリズムと複雑に絡み合い、リスナーを深い森の奥へと力ずくで引きずり込んでいくような圧倒的な没入感を味わうことができる。

全編を通して聴き手を全く飽きさせない、二人のアイデアの引き出しの異常な多さにはただただ脱帽するしかなし!

名門ブルーノートが認めた現在進行形のジャズ

本作が泣く子も黙るジャズの名門レーベル、ブルーノートからリリースされているという歴史的事実も見逃せない。

マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーン、ハービー・ハンコックといった巨星たちのDNAを脈々と受け継ぐブルーノートが、このサウスロンドンの若き異端児たちを大々的にフックアップしたことは、本作が単なるジャンルレスな実験作に留まらず、「現在進行形のジャズ」として圧倒的な評価を獲得した揺るぎない証明だ。

彼らは偉大なる過去のレガシーに最大の敬意を払いながらも、そこに現代的なヒップホップのサンプリング感覚やエレクトロニックなプロダクションを大胆に持ち込み、ジャズの定義そのものを鮮やかにアップデートしてみせたのである。

その革新性とジャズの真髄を象徴するのが、完全に即興のジャムセッションから生まれたというm-10「Kyiv」。計算し尽くされたポップ・ミュージックの枠組を完全に逸脱し、スタジオのテープが回っているその瞬間に生み出された空気や、張り詰めた緊張感までもが生々しく真空パックされている。

ここには、互いの音を深く聴き、瞬時に反応し、次の展開を探り合う超一流ミュージシャン同士の濃密な対話が記録されている。個人的にも好きなトラックのひとつです。

神々しいコーラスが印象的な「Festival」や、疾走感あふれるビートが駆け抜ける「Tidal Wave」に至るまで、アルバム全体が一つの壮大な映画のように美しく構成されている点も特筆すべきだ。

『What Kinda Music』は、過去のジャズへの単なるノスタルジーなどではなく、未来の音楽の在り方を強烈に提示した金字塔である。僕らがこの奇跡のアルバムと同時代を生き、リアルタイムでこの極上のグルーヴを体感できていることは最高の幸福だ。

DATA
PLAY LIST
  1. 1. What Kinda Music
  2. 2. Festival
  3. 3. Nightrider (feat. フレディ・ギブス)
  4. 4. Tidal Wave
  5. 5. Sensational
  6. 6. The Real
  7. 7. Lift Off (feat. ロッコ・パラディーノ)
  8. 8. I Did It For You
  9. 9. Last 100
  10. 10. Kyiv
  11. 11. Julie Mangos
  12. 12. Storm Before the Calm (feat. カイディ・アキニビ)
DISCOGRAPHY