矢野顕子+レイ・ハラカミによる、メロディーレスな電子音の点描画
ここ数年、NHKホールで行われる矢野顕子の「さとがえるコンサート」に足げく通っているが、そのたびに感じるのは、壮絶としか言いようのないミュージシャンとしての圧倒的な凄みである。
チャイルディッシュな詩世界と、チャーミングなヴォーカリセーションで中和されてはいるが、そのピアノは山下洋輔ばりに激しく暴力的。問答無用とばかりにリスナーに襲い掛かってくる。転調に次ぐ転調といい、独特のコード感といい、彼女の紡ぐ音楽はそうとうエキセントリックなのだ。
THE BOOMの『中央線』、ムーンライダースの『ニットキャップマン』、くるりの『ばらの花』、ELLEGARDENの『右手』、細野晴臣の『恋は桃色』など、彼女は今までに数多くのカバー曲をアルバムやコンサートで披露してきた。
そのほとんどが矢野顕子的コード、矢野顕子的メロディー、矢野顕子的タイム感に書き換えられ、120%アッコちゃん色に染め上げられた楽曲に生まれ変わっている。それはもはやオリジナルの原型さえとどめない、アクロバティックな飛翔だ。
自由奔放で自己主張の強い矢野顕子ワールドとコラボするには、あらゆるものを優しく包み込むかのような、寛容性のあるサウンドが必須となる。
その意味で、京都在住のエレクトロニカ・アーティスト、レイ・ハラカミは理想的なパートナーといえるのではないか。
いい意味で、レイ・ハラカミが紡ぐ音楽には核=コアがない。コアがないから、矢野顕子という強烈な他者が介入しても、音楽的に破綻をきたさない。たとえば彼は、さるインタビューでこんな発言をしている。
「歌ものっていうのは写真や絵でいえば真ん中に人がいる感じなんだけれど、僕の曲は風景だけ。主役がいない世界なんですよ。
いつもメロディーラインがないんですけれど、逆にいえば全部がメロディーであったりもする。そこに矢野さんも着目をしてくれたんだと思うし。やっぱり矢野さんの歌と言葉があったからこういう世界観を作れたんだろうって」
レイ・ハラカミが奏でるポルタメント(滑るようにある音から別の音に移り変わっていく技法)なサウンドは、メロディーレスな電子音の点描画だ。その粛々とした「風景」に、矢野顕子による唯一無二にして圧倒的な存在感を放つ「主役」が配置される。
その音楽は、多分にインプロヴァイゼーションの香りを漂わせる、あまりに自由であまりに多幸感に満ちたピースフル・ソングスだ。
くるりの名曲『ばらの花』をレイ・ハラカミが大胆にリミックスし、そのヴァージョンを聴いた矢野顕子が衝撃を受けてコラボをラブコールした、というのは今となっては有名な話。
かくして、スペシャル・ユニットyanokamiによるデビューアルバム、『yanokami』(2007年)はこの世に生まれ落ちたのである。我々はこの二人を引き合わせた岸田繁に感謝すべきだろう。
- アーティスト/yanokami
- 発売年/2007年
- レーベル/ヤマハミュージックコミュニケーションズ
- 気球にのって
- David
- 終りの季節
- おおきいあい
- Too Good to be True yanokami version-
- You Showed Me
- La La Means I Love You
- Night Train Home -yanokami version-
- Full Bloom
- 恋は桃色
最近のコメント