『危険な年』(1983年)ではスカルノ政権下のインドネシアを、『刑事ジョン・ブック/目撃者』(1985年)では大家族主義の自給自足生活を営むアーミッシュの村を、『モスキート・コースト』では人里離れた中米ホンジュラスの密林を舞台に、異邦人としての視点から映画を撮り続けてきたオーストラリア人監督、ピーター・ウィアー。
彼の作品には未開の地への憧憬が密封パックされている。その瑞々しさに、我々観客は否が応なく引き込まれてしまうのだ。
だが、フランス人男性とアメリカ人女性の恋愛模様を描いた『グリーン・カード』は、いささか事情が異なる。
そもそも、大都市ニューヨークを舞台にしている時点でテイストが違うし、基本的なドラマ進行を温室つきアパートメントの一室に押し込めて、ロケではなくセットをメインに撮影を行っている。
過去のフィルモグラフィーで、雄大な自然を静謐な映像で描いてきたピーター・ウィアーにしては、ニューヨークという舞台をあまりに箱庭的に描きすぎているのだ。
その目論みは、超大国アメリカに対する毅然とした異議申し立てだろう。グリーンカード目当てでアメリカ人女性と結婚するフランス人役を、ジェラール・ドパルデューが貫禄たっぷりに演じているのだが、そこにアメリカへの憧憬を感じることは一切出来ない。
劇中では「アメリカはチャンスの国だ」みたいなセリフは出てくるのだけれど、その想いが何故か具体性をもって描かれることがない。
ジェラール・ドパルデューとアンディ・マクダウェルが初めて出遭い、そして別れの場所となったのが、「アフリカ」という名前のカフェであったことは実に暗示的だ。アメリカじゃなくてアフリカって!
偽装結婚の証拠固めのために、二人はこれまた偽装の記念写真をパチパチ撮るんだが、その風景もジャングルとかハワイとか、アメリカ本土ぜんぜん関係なし。アメリカへのユートピア幻想を叩き壊そうとする、確信犯的行為だ。
この物語でアメリカが果たす役回りは、愛する二人を残酷に引き離そうとするヒール役である。ピーター・ウィアーの、声高ではないけれども厳然とした米国批評がここにある。
異邦人の視点で、ユナイテッド・ステーツ・オブ・アメリカを捉えたラブロマンスは、決してハッピーエンドには成り得ないのだ。
- 原題/Green Card
- 製作年/1990年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/107分
- 監督/ピーター・ウィアー
- 製作/ジャン・ゴンチ、ダンカン・ヘンダーソン、ピーター・ウィアー
- 製作総指揮/エドワード・S・フェルドマン
- 脚本/ピーター・ウィアー
- 撮影/ジェフリー・シンプソン
- 美術/ウェンディ・スタイテス
- 音楽/ハンス・ジマー
- 編集/ウィリアム・M・アンダーソン
- ジェラール・ドパルデュー
- アンディ・マクダウェル
- ベベ・ニューワース
- グレッグ・エデルマン
- ロバート・プロスキー
- ジェシー・キーシャ
- イーサン・フィリップ
- メアリー・ルイーズ・ウィルソン
- ロイス・スミス
- ジェシー・ケオジャン
- ジョン・スペンサー
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