西部劇を幽霊話として着地させてしまった、イーストウッド異色作
クリント・イーストウッドは、“最後の西部劇”として製作した『許されざる者』(1992年)で、あらゆる西部劇のお約束を徹底破壊し、アメリカ映画を自らの手で埋葬してみせた。
しかしその6年前の1985年には、正統的な西部劇のフォーマットに則った映画を撮り上げている。ここには明白な善悪二元論があり、決して成就することのないほのかなラブロマンスがあり、手に汗握るガンファイトがあり、最終的には法と秩序の回復がもたらされる。
しかし『ペイルライダー』(1985年)と名付けられたこの作品には、名状し難い不穏な空気が流れている。そもそもヒーローの登場シーンからして異様だ。
時はゴールド・ラッシュ時代のカリフォルニア。街の権力者から乗っ取られようとしているある峡谷で、14歳の少女が神の助けを求めている。「青白い馬が現れ、乗り手の名は“死”と云う。従うは地獄」と聖書のヨハネ黙示録を読み上げていると、蜃気楼の如く青白い馬に乗ったクリント・イーストウッドが現れる。
クリント・イーストウッドは常に全身黒づくめで(『シェーン』(1953年)の悪役ウイルソンを想起させる)、歩くたびにブーツの金属音が響き渡り、その背中には無数の弾痕がある。彼は黄泉の国から舞い戻ってきた亡霊だ。
過去のフィルモグラフィーにおいて、不死の肉体を誇ってきたイーストウッドは、本当に不死の存在として降臨し、街に巣食う悪徳保安官に正義の鉄槌を食らわせるのである。“牧師”の姿を借りて。
イーストウッドから「暗闇の貴公子」の称号を授かった撮影監督のブルース・サーティースのカメラは、屋外場面では陽光煌めくロー・キー、屋内場面では人物の顔面すら視認できないほどのハイ・キーを操って、「生と死の狭間の物語」を活写する。
さらに捕捉するなら、山間部を舞台にしたこの映画において、通常の西部劇のような平原(水平)ではなく、斜面(垂直)をキー・コンポジションにしたことによって、イーストウッドが天から遣わされた(もしくは地上から這い出てきた)存在であることを、暗に物語っている事実にも留意すべきだろう。
「通りすがりの凄腕ガンマンが、小さな村を荒らす悪漢を退治する」というベタベタなお話を、幽霊話として着地させてしまったのは、「もはや西部劇は、成仏し損なった幽霊的ジャンルなのだ」という、イーストウッドの所信表明にも思える。
かくして“最後の西部劇”の前奏は奏でられた。『許されざる者』では、法も秩序も回復しないアメリカ映画が描かれることになる。
- 原題/Pale Rider
- 製作年/1985年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/116分
- 監督/クリント・イーストウッド
- 製作/クリント・イーストウッド
- 製作総指揮/フリッツ・メインズ
- 脚本/マイケル・バトラー、デニス・シュリアック
- 撮影/ブルース・サーティース
- プロダクションデザイン/エドワード・C・カーファグノ
- 編集/ジョエル・コックス
- 音楽/レニー・ニーハウス
- クリント・イーストウッド
- マイケル・モリアーティ
- キャリー・スノッドグレス
- シドニー・ペニー
- リチャード・キール
- クリストファー・ペン
- リチャード・ダイサート
- ダグ・マクグラス
- ジョン・ラッセル
- チャールズ・ハラハン
- マーヴィン・J・マッキンタイア
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