『NOT TiGHT』(2022)
アルバム考察・解説・レビュー
『NOT TiGHT』(2022年)は、フランス出身のキーボード奏者ドミと、米国出身のドラマーJD ベックからなる、Z世代デュオ・ドミ&JDベックの衝撃的デビュー作。超高速ドラムと複雑なハーモニーという超絶技巧を駆使しながらも、極めてポップでキャッチーな響きを持っている。。ハービー・ハンコックやサンダーキャットら豪華ゲストも参加し、ジャズやフュージョンの枠組みを自由な遊び心で飛び越え、音楽の未来を提示する痛快な一枚。
Z世代が鳴らす、制御された錯乱
こりゃ一体何なんだ。一聴して耳を疑うようなサウンドが、スピーカーから飛び出してくる。
フランスのメス出身のキーボーディスト、ドミ(22歳)と、アメリカのダラス出身のドラマー、JD ベック(19歳)による、衝撃のデビュー・アルバム『NOT TiGHT』(2022年)は、間違いなく2020年代のポップ・ミュージック・シーンに強烈すぎる一石を投じた事件だ。
JD ベックが叩き出す、無秩序に暴れまくる超高速ドラム。それはまるで、エイフェックス・ツイン『Richard D. James Album』(1996年)のドリルンベースを、生身の人間が涼しい顔で再現しているかのよう。
一方、ドミが奏でるコードチェンジ盛り沢山なハーモニーは、チック・コリア率いるリターン・トゥ・フォーエヴァーの『Romantic Warrior』(1976年)を彷彿とさせる。
だが、彼らの音楽が単なる超絶技巧のひけらかしで終わっていないのが、凄いところ。複雑怪奇な変拍子や転調を繰り返しながらも、そこには不思議と耳触りの良いポップなキャッチーさが同居している。コントロールされた錯乱とでも呼ぶべき、高度なバランス感覚なのだ。
フランス国立高等音楽院を首席で卒業し、バークリー音楽大学へ進んだ音楽エリートのドミと、10歳からドラムを叩き始め、YouTubeやインスタグラムで爆速プレイを披露していた早熟の天才児JD ベック。
2018年のNAMMショーで運命的な出会いを果たした二人は、エリカ・バドゥのバースデー・パーティで初共演するという、あまりにもセレブすぎるスタートダッシュを切った。
彼らのプレイ動画がSNSでバズりまくり、トントン拍子でアンダーソン・パークが立ち上げた新レーベル「APESHIT Inc.」の第一弾アーティストとして契約。
現代ジャズの名門ブルーノートともパートナーシップを結ぶという、異例づくしのシンデレラ・ストーリーを駆け上がってきたのである。
レジェンドをも巻き込む無邪気な革命
『NOT TiGHT』には、かつてのジャズ・フュージョンが内包していた、マッチョでスポーティな暑苦しさは微塵もない。むしろこのアルバム全体を支配しているのは、極めて現代的でチャイルディッシュな稚気である。
キーボードを買い与えられた子供が、時間を忘れて鍵盤の上で遊び回り、ドラムセットを買ってもらった少年が、一心不乱にスネアとキックを叩きまくる。純粋で痛快な喜びが、音の端々から溢れ出しているのだ。
ジャケット写真やMVで見せる、ふざけたファッションやビジュアル・センスも、ジャズという権威あるジャンルを自分たちの遊び場として再定義していることを如実に物語っている。
その一方でこの作品には、トータル・アルバムとしての恐るべき計算と構築美が隠されている。弦楽器の軽やかな調べが朝の訪れを告げるようなM-1『LOUNA’S iNTRO』から、トイピアノが叙情的なメロディーを奏でるM-2『WHATUP』へとシームレスに繋がり、そこから怒涛の超絶技巧フュージョンが幕を開ける。
と思いきや、一転してM-3『SMiLE』ではレイドバックした極上のチル・サウンドを披露するなど、聴き手の感情をジェットコースターのように揺さぶる完璧な流れが設計されている。
さらには、ジャズ界の生きる伝説ハービー・ハンコック、超絶ベーシストのサンダーキャット、脱力系インディー・ロックの貴公子マック・デマルコ、そしてラップ界の重鎮スヌープ・ドッグやバスタ・ライムスまで、ジャンルを超えた豪華メンツがこぞって参加。
特にレーベル・ボスであるアンダーソン・パークが客演したM-10『TAKE A CHANCE』は、スムースでエレクトリックなR&Bナンバーで、超絶技巧とポップネスが奇跡的に融合した本作のハイライトと言えるだろう。
ジョーカーとハーレイ・クインの冒険
ドミ & JD ベックという22歳と18歳(リリース当時)の天才デュオは、まるでジョーカーとハーレイ・クインのように、あるいは映画『俺たちに明日はない』のボニーとクライドのように、悪戯心満載でクレイジーな冒険をスタートさせた。
彼らにとって、複雑なジャズの理論やドラムンベースのリズム・パターンは、勉強して習得するものではなく、インターネット上に転がっている面白いオモチャの一つに過ぎないのだろう。
ジャズ、ヒップホップ、IDM、ゲーム音楽。あらゆるジャンルを並列に飲み込み、圧倒的なテクニックで咀嚼し、それをZ世代のポップスとして軽やかに吐き出す。そのあまりの軽やかさと自由さこそが、これまでのジャズ・フュージョンの歴史を更新する最大の武器だ。
『NOT TiGHT(タイトじゃない)』という人を食ったようなアルバム・タイトルとは裏腹に、彼らの演奏はこれ以上ないほどタイトで、柔軟性に富んでいる。
彼らはジャズ=難解、フュージョン=古めかしいといった固定観念を、その超高速のビートとカラフルなコードワークで、完膚なきまでに粉砕してみせる。
このアルバムは、音楽の未来が、まだ誰も見たことのない、とびきり愉快で刺激的な場所であることを高らかに宣言しているのだ。
- 1. LOUNA'S iNTRO
- 2. WHATUP
- 3. SMiLE
- 4. BOWLiNG (feat. Thundercat)
- 5. NOT TiGHT
- 6. TWO SHRiMPS (feat. Mac DeMarco)
- 7. U DON'T HAVE TO ROB ME
- 8. MOON (feat. Herbie Hancock)
- 9. DUKE
- 10. TAKE A CHANCE (feat. Anderson .Paak)
- 11. SPACE MOUNTAiN
- 12. PiLOT (feat. Snoop Dogg, Busta Rhymes, Anderson .Paak)
- 13. WHOA (feat. Kurt Rosenwinkel)
- 14. SNiFF
- 15. THANK U
- NOT TiGHT(2022年/エイプシット、ブルーノート・レコード)
![NOT TiGHT/ドミ&JDベック[CD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/DOMi-JD-BECK-NOT-TiGHT-Vinyl-Mockup-Standard-copy-750x750-1-e1707221112994.jpg)