『キング・コング』(2005年/ピーター・ジャクソン)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー
キング・コング(2005年)は、ファンタジー映画の至宝『ロード・オブ・ザ・リング』を完遂したピーター・ジャクソンが、少年時代からの夢を1億5千万ドルの巨費を投じて具現化した、映画愛の結晶とも言える一篇。単なるパニック映画に留まらず、言葉を持たぬ巨獣と孤独な女優(ナオミ・ワッツ)の間に、尊くも壊れやすい相互理解を描き出す。
幻の脚本と肉体の消失──35億円を捨てて得た「魂」
『キング・コング』(2005年)の予告編でスクリーンに現れたピーター・ジャクソンの姿に、僕は驚愕した。かつて『バッド・テイスト』(1987年)や『ブレインデッド』(1992年)で我々を狂喜させた、あの愛すべきふくよかなオタクはそこにはいない。
まるで髑髏島のジャングルを這いずり回り、何かに憑りつかれたかのように頬がこけ、身体はスリムに。彼が撮影期間中に失った数十キロの体重、それはそのまま本作『キング・コング』のフィルムの密度に変換されたと言っても過言ではない。
このプロジェクトには、呪われたような前史がある。1996年、まだ知る人ぞ知るB級ホラーの奇才だったジャクソンは、ユニバーサル・ピクチャーズの下で一度『キング・コング』のリメイクに着手していた。
しかし、運命は残酷だ。同時期に『マイティ・ジョー』(1998年)とローランド・エメリッヒ版『GODZILLA』(1998年)の制作が進行しており、スタジオが「怪獣映画の飽和」を懸念したため、企画は無惨にも凍結されたのだ。
当時の脚本は、完成版とは似て非なるものだったという。ヒロインのアン・ダロウは売れない女優ではなく、「インディ・ジョーンズ」風の活動的な考古学者であり、映画全体のトーンも『ハムナプトラ』に近い、軽快で楽天的な冒険活劇になる予定だった。
もしこの1996年版が制作されていたら、おそらく本作は、ただ消費されるだけの典型的なハリウッド・ブロックバスターで終わっていたことだろう。
だが、歴史は動く。『ロード・オブ・ザ・リング』三部作という、映画史を塗り替える偉業を成し遂げたことで、ジャクソンは神になった。ユニバーサルは掌を返し、彼に無条件の全権委任と、2000万ドルという破格の監督報酬を提示して頭を下げたのである。
ここでジャクソンが見せた狂気こそが、本作を傑作たらしめている。彼は手元にあった1996年のシナリオを自らゴミ箱へ放り込み、フィリッパ・ボウエンらと共に物語を重厚な悲劇としてゼロから再構築。目指したのは、シェイクスピア劇のような、逃れられない運命の物語だ。
結果、制作費は当初の1億5000万ドルから2億700万ドルへと膨れ上がる。通常のスタジオ映画なら監督更迭の危機だが、彼は怯まない。なんと予算超過分の3200万ドル(当時のレートで約35億円!)を、自らのポケットマネーで支払う契約を結んだのだ。
監督自身が身銭を切ってでも撮りたかったショット、削りたくなかったシーンの集積。それがこの映画なのだ。だからこそ、188分という長尺にも関わらず、どのフレームからも「映画への渇望」と「妥協なき偏愛」が血のように滲み出ているのである。
生態系の創造主──WETAデジタルが挑んだ「進化論」
本作における最大の功績は、タイトルロールであるキング・コングを、単なるモンスターから孤独な魂を持つ知的生命体へと進化させた点にある。その核となったのが、アンディ・サーキスによるモーションキャプチャ演技と、WETAデジタルによる驚異的なVFXだ。
サーキスは撮影前、ルワンダの火山国立公園へ飛び、野生のマウンテンゴリラを徹底的に観察した。彼らが群れの中でどう振る舞い、どう声を出し、どう孤独を感じるのか。
その研究成果は、コングの細やかな表情…特に、アン・ダロウを見つめる際の、人間以上に人間臭い憂いを帯びた瞳に結実している。本作のコングは、戦いに明け暮れ、身体中に無数の傷跡を刻み、一族の最後の生き残りとして孤独を背負った、四足歩行の老兵なのだ。
そして、彼が支配する髑髏島の描写においても、ジャクソンのオタク的執念は常軌を逸している。彼はこの架空の島に、完全なる独自の生態系を与えた。
「もし恐竜が6500万年前に絶滅せず、孤島で独自の進化を遂げていたら?」という思考実験の下、ティラノサウルスは指が3本に増えたより獰猛なV-レックス(バスタトサウルス・レックス)へ、昆虫や魚類も悪夢のような巨大生物へとリデザインされた。
特筆すべきは、中盤の谷底での昆虫襲撃シーン。巨大な肉食ミミズや吸血ヒルが隊員たちに襲いかかるこの場面は、実は映画史的なリベンジ・マッチでもある。
1933年のオリジナル版で撮影されながらも、あまりに恐ろしくて観客が失神したため削除され、フィルムが現存しない伝説のスパイダー・ピット・シークエンス。
ジャクソンは最新技術でこの悪夢を蘇らせ、観客に生理的な嫌悪と恐怖を叩きつける。この過剰さ! 執拗さ! これこそが、B級スプラッター出身のピーター・ジャクソンが、巨額の予算を使ってやりたかった悪趣味の極みであり、我々ボンクラ映画ファンへの最高のファンサービスではないか。
また、クライマックスの舞台となる1933年のニューヨーク。WETAはビガチュアと呼ばれる巨大なミニチュア技術と、最新のデジタル都市生成プログラムを融合させ、当時の航空写真や設計図を基に、マンホールの位置から窓枠のデザインに至るまで、狂気的な精度でかつてのニューヨークを建設した。
スクリーンに映る街並みは、単なる背景ではない。コングという自然の神を追い詰め、搾取しようとする文明という名の監獄として、圧倒的な圧迫感を放っているのだ。
エゴイズムの悲劇──「見ること」の罪と罰
本作を、単なる美女と野獣の悲恋として涙して終わるのはあまりにも浅い。ピーター・ジャクソンは、ジャック・ブラック演じる映画監督カール・デナムに、自身の、そしてすべてのクリエイターが抱える“業”と“罪”を投影している。
デナムは、傑作を撮るためならば嘘をつき、法律を犯し、他人の命さえ平然と危険に晒す。彼は劇中、コングを生け捕りにする際に叫ぶ。「世界中の金が俺たちのものになる!」と。
しかし、彼の瞳の奥で燃えているのは金銭欲だけではない。「未知なるものをフィルムに焼き付けたい」「世界を驚愕させたい」という、純粋かつ暴力的なエゴイズム。これは、35億円の私財を投じてまで本作を完成させたジャクソン自身の姿と、残酷なまでに重なる。
物語の終盤、ニューヨークの見世物小屋で鎖に繋がれたコング。彼は文明の犠牲者として描かれるが、ジャクソンはそこで観客である我々をも共犯者として告発する。フラッシュを焚き、野獣を消費する劇中の観客は、スクリーン越しにこのスペクタクルを楽しんでいる我々の姿そのものではないか。
しかし、その視線の暴力を打ち破るのが、ナオミ・ワッツ演じるアン・ダロウとの関係性だ。彼女はコングにとって性愛の対象ではない。オリジナルの1933年版が持っていた、白人女性への野蛮な憧れという差別的なコードを、ジャクソンは完全に書き換える。二人の間に流れるのは、孤独な魂同士が共鳴する、相互理解だ。
象徴的なのが、セントラルパークの氷上で戯れるシーン。迫りくる軍隊、逃げ場のない摩天楼。死を予感した二つの魂が、一瞬だけ共有した静寂と平穏。あれは、言葉を持たぬ者と言葉を奪われた者の、あまりにも美しい対話なのだ。
そして訪れる、エンパイア・ステート・ビルの頂上での最期。当初、ハワード・ショアがスコアを担当していたが、公開直前に「作風が合わない」として降板させられた。
急遽登板したジェームズ・ニュートン・ハワードは、わずか5週間という絶望的なスケジュールで約3時間分のスコアを書き上げたという。彼が紡ぎ出した旋律は、コングの野性味ではなく、その内にある高貴さを強調し、観客の涙腺を容赦なく決壊させる。
ラストシーン、デナムは呟く。「飛行機(が殺したの)じゃない。美女が野獣を殺したんだ」。オリジナルの名台詞だが、本作においては意味合いが決定的に異なる。
コングを殺したのは、美女(アン)への愛であると同時に、彼を被写体として捕獲し、消費しようとした映画(=カメラ)という文明の暴力性なのだ。
ピーター・ジャクソンは、1933年の古典を現代の技術で蘇らせることで、映画というメディアが持つ「夢を見させる力」と「対象を搾取する残酷さ」の両面を暴き出した。
だからこそ、『キング・コング』(2005年)は、特撮映画の枠を超え、映画作家の魂を刻み込んだ、痛切なまでの作家主義的ブロックバスターとして、今なお孤高の頂に君臨しているのである。
- 監督/ピーター・ジャクソン
- 脚本/フラン・ウォルシュ、フィリッパ・ボウエン、ピーター・ジャクソン
- 製作/ジャン・ブレンキン、キャロリン・カニングハム、フラン・ウォルシュ、ピーター・ジャクソン
- 制作会社/ユニバーサル・ピクチャーズ、ウィングナット・フィルムズ
- 原作/エドガー・ウォレス、メリアン・C・クーパー
- 撮影/アンドリュー・レスニー
- 音楽/ジェームズ・ニュートン・ハワード
- 編集/ジェイミー・セルカーク
- 美術/グラント・メジャー
- 衣装/テリー・ライアン
- 録音/ハモンド・ピーク
- ロード・オブ・ザ・リング(2001年/アメリカ、ニュージーランド)
- ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔(2002年/アメリカ、ニュージーランド)
- ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還(2004年/アメリカ、ニュージーランド)
- キング・コング(2005年/アメリカ)
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