2026/4/9

『ストーカー』(1979)の考察/解説レビューをCINEMOREに寄稿しました

『ストーカー』内なる「ゾーン」、私たちを映すアルゴリズムという鏡」という考察/解説レビューをCINEMOREに寄稿しました。

ある日、地球のどこかに「ゾーン」と呼ばれる謎の領域が出現した。軍の厳重な警戒下に置かれたその場所の最深部には、足を踏み入れた者の願いを叶える「部屋」が存在するという。映画『ストーカー』(79)は、そんな都市伝説めいた噂を信じて、インスピレーションを渇望する“作家”、論理の果てに真実を求める“教授”、そして案内人“ストーカー”の3人が、禁忌の場所へと向かう物語である。

ストルガツキー兄弟によるSF小説「ストーカー(路傍のピクニック)」を原作としながらも、アンドレイ・タルコフスキー監督はSF的なガジェットをいっさいがっさい削ぎ落としてしまった。この映画には、銀色の円盤も、緑色のクリーチャーも、未知のテクノロジーも登場しない。画面を支配するのは、静かに朽ちゆく廃墟、生い茂る雑草、そして滴る水。いつものタルコフスキー全開な風景だ。彼は物理的な外宇宙ではなく、逃れようのない人間の内面世界を映し出すための舞台として、このゾーンを再構築した。

もっとも、そこはお馴染みのタルコフスキー節の独壇場でもある。男たちがトロッコに乗って無言で移動するだけの時間が数分間続いたり、水たまりの上をカメラが這うようにゆっくりと舐め回したり、気の遠くなるような長回しによって延々と似たような光景がひたすら流れ続けるため、観る者の忍耐が容赦なく試されるのもお約束だ。

ぜひご一読ください!