病める時代の新しいヒロインをジョディ・フォスターが体現する、アカデミー総ナメ・ミステリー
もともと『羊たちの沈黙』(1991年)のクラリス・スターリング役としてリストアップされていたのは、ミシェル・ファイファーとメグ・ライアンだったらしい。
もしこの配役が実現していたら、本作は果たしてどのようなテクスチャーを露出しただろうか。ミシェル・ファイファーは薄幸そうな容姿を利用して、己のトラウマを的確に体現したかもしれないし、メグ・ライアンであればダークな質感に彩られた物語に一筋の希望の光を差し込んだかもしれない。
しかし、才色兼備で野心に溢れたFBI研修生クラリスを最終的に演じることになったのは、ジョディ・フォスターだった(この映画でアカデミー主演女優賞を獲得)。もはやハリウッドでは周知の事実だが、彼女は真性レズビアンとして認知されている。
仕事のパートナーである映画プロデューサーのシドニー・バーナードとは夫婦同然の仲という報道もあるし、1998年と2001年に男児を出産するものの父親の名前は公表されていないことから、人工授精ではないかという憶測も飛び交っている。
男性性に対する頑強なほどの拒絶、これが僕のジョディ・フォスターに対するイメージだ。その黒々とした陰部にいきりたった棒状のものを挿入しようとするやいなや、彼女は激しい拒絶を示し、激しい敵意をその眼にともすだろう。
後年、レイプ犯を殺害するという『ブレイブ ワン』(2007年)の主演によって、そのイメージは強固なものとなる。彼女の肢体から発せられる、男性不信的な振る舞いが、クラリスという役柄と大きく共振し、この作品に重層的なイメージを付与している。
ボルティモアの貸し車庫で人間の首を発見したクラリスは、レクター博士(アンソニー・ホプキンス)の問いかけに対して、「刺激的だった」と驚くべき回答をしている。自分の身体を侵犯しない“オブジェ”に対してのみ、彼女の性的興奮はかきたてられるのか。
レクターとの密やかな感情は、決して恋愛などという甘美な幻想によって生まれるのではなく、お互いの不可侵領域を本能的に察知した人間同士の、同志的振る舞いなのだ。
クラリス・スターリングは、病める時代の新しいヒロイン像である。ジョナサン・デミの極めて理知的な演出もあって、『羊たちの沈黙』はアカデミー最優秀作品賞に輝いた。
しかし、このような病理をアメリカの原風景として提出し、それをアカデミー協会員が屈託もなく受け入れてしまったという事実のほうが、よっぽど病理的なんじゃないかと僕は思うんだが。
- 原題/The Silence Of Lambs
- 製作年/1991年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/118分
- 監督/ジョナサン・デミ
- 原作/トマス・ハリス
- 脚本/テッド・タリ
- 製作/エドワード・サクソン、ケネス・アット
- 製作総指揮/ゲイリー・ゴーツマン
- 撮影/タク・フジモト
- 音楽/ハワード・ショア
- ジョディー・フォスター
- アンソニー・ホプキンス
- スコット・グレン
- テッド・レヴィン
- アンソニー・ヒールド
- ケイシー・レモンズ
- ダイアン・ベイカー
- ブルック・スミス
- フランキー・R・フェイソン
- ロジャー・コーマン
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