2026/4/7

『Ecstasy』(2017)徹底解説|ヌーディーな開放感に溢れた、サマー・チューンズ

『ECSTASY』(2017年/一十三十一)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー

10段階評価
9
GREAT

概要

『ECSTASY』(2017年)は、2010年代のシティ・ポップ・リバイバルを牽引してきたシンガーソングライター、一十三十一(ひとみとい)のアルバム。長年の盟友であるDorianをプロデューサーに、Kashifをギタリストに迎えて制作された本作は、80年代のアーバンなシティ・ポップを彷彿とさせる洗練されたシンセ・サウンドと、彼女の艶やかで透明感のある歌声が柔らかく溶け合っている。ノスタルジックな情緒と、現代的なエレクトロニック・ファンクが自然に共存する音楽性で構成された本作は、単なる過去へのオマージュに留まらず、21世紀における都市型ポップスの到達点を示している。

目次

電子の海で泳ぐエキゾチシズムとDorianの魔法

一十三十一が2017年に発表したアルバム『Ecstasy』(2017年)は、2010年代に吹き荒れたシティポップ・リバイバルという狂騒の中で、最も純度の高い快楽を追求したオーパーツである。

デビュー当初から自らペンを執り、ファンクやソウルの要素を巧みに楽曲へと落とし込んできた彼女が、山下達郎という巨星を指針にシティポップの深淵へと潜り込んでいったのは必然だった。

特に、クニモンド瀧口率いる流線形の『TOKYO SNIPER』(2006年)に江口ニカ名義で参加したことで、彼女の歌声は「都市の夜」というキャンバスを得て、唯一無二の輝きを放ち始めたのである。

テン年代以降の彼女は、一年おきに「夏」と「冬」のリゾート感をパッケージした作品群を次々とリリースし、現代シティポップの女王としての地位を盤守のものとした。

そんな彼女が充電期間を経て辿り着いたのが、気鋭のサウンドメイカーであるDorianとタッグを組んだこの作品。当初はアルバム全体を監修してもらう程度のイメージだったというが、蓋を開けてみれば全トラックの作曲と編曲をDorianが手がけることとなった。

Dorianといえば、七尾旅人とやけのはらによる金字塔的シングル『Rollin’ Rollin’』(2009年)でその名を轟かせた、稀代のサウンド職人。

彼の血肉となっているのは、マーティン・デニーやレス・バクスターといった、1950年代から60年代にかけてアメリカを席巻したエキゾチカ・ミュージックの遺伝子だ。

架空の南国や偽物の楽園といった、過剰で美しい幻想の世界を、Dorianは最新のエレクトロ・サウンドという武器で鮮やかに再構築してみせる。

高音域でキラキラと降り注ぐシンセサイザーの飛沫は、聴く者の脳内に「永遠の夏」を強制インストール。一度その浮遊感のあるビートと乾いたスネアの音色に身を委ねれば、この中毒的な音の迷宮から抜け出すことは不可能だ!

北海道が生んだ灼熱の女王

一十三十一はこのアルバムの製作に際し、もっと人を裸にさせるような、より開放的なものをという確固たる意志を持って臨んだという。実は彼女、北海道出身。雪国に生まれたからこそ、激しい太陽の光と潮風を渇望しているのかもしれない。

『Ecstasy』に充満しているのは、一糸まとわぬ姿でエメラルドグリーンの海に飛び込みたくなるような野生の開放感と、洗練された都会的なエロティシズムが同居した、ヌーディーなサウンド。

特にM-3「Flash of Light」は、J-POP史上最強のサマーチューンなんじゃないか。いやマジで、僕は真夏になるとこの曲ばかり聴いていたものです。

イントロのシンセサイザーが鳴り響いた瞬間、視界は一気にパノラマサイズのビーチへ。Dorianが作り上げた緻密かつ大胆なエレクトロ・ファンクのトラックの上で、一十三十一のヴォーカルは重力から解き放たれ、光の粒子となって空間を舞い踊る。

夏の終わりを予感させながらも、今この瞬間だけは永遠に終わらないと錯覚させる魔力。Dorianによる超絶アレンジメントは細部にまでこだわりが宿り、幾重にも重ねられた電子音が、深海を泳ぐ熱帯魚のように複雑な色彩を放っている。

一十三十一が求めた裸の開放感は、最高のパートナーを得たことで、極北の境地へと達したのだ。

一十三十一を読めるか?踏み絵としての固有名詞学

「Flash of Light」で火照った体をさらに深く、底なしの快楽へと沈めていくのは、アルバムの幕開けを飾る「Serpent Coaster」だ。

Dorianの手による暴力的なまでに太いベースラインと、火花を散らすようなシンセ・リフ。それはまるで、夜の遊園地で極彩色のネオンに照らされながら、重力を無視して加速するジェットコースターに身を任せるような感覚に近い。一十三十一のヴォーカルは、その目まぐるしい音の奔流を鮮やかに乗りこなし、聴き手を日常の彼方へと連れ去っていく。

表題曲「Ecstasy」へと至る流れも完璧。Dorianの真骨頂であるエキゾチカのスパイスが、より濃密に、より官能的に調合されている。一十三十一が紡ぐ言葉の一語一語が、湿度を帯びて耳元にまとわりつき、聴き手の理性を少しずつ、だが確実に剥ぎ取っていく。

かつてクニモンド瀧口とのタッグで放った『CITY DIVE』(2012年)が都会の夜の「憧憬」を描いたものだとしたら、本作における彼女は、その夜のさらに奥にある「実体」としての快楽を掴み取ろうとしているかのようだ。

アルバム後半に位置する「Galactic Love」では、視点は地上から宇宙へと跳躍する。1950年代のスペース・エイジ・バチェラー・パッド・ミュージックが現代のダンスフロアに転生したかのようなこの曲は、まさにマーティン・デニーやレス・バクスターが夢見た「ここではないどこか」の21世紀版と言えるだろう。

ちなみに僕には、その人が本当に音楽ファンかどうかを瞬時に判断するためのテストがある。それは、一十三十一(ヒトミトイ)、口ロロ(クチロロ)、!!!(チック・チック・チック)というアーティスト名を正しく読めるかどうか。

もしこれらをスラスラと読み上げることができたなら、あなたも僕と同じミュージック・アディクトだ。記号の羅列にしか見えないこれらの名前が、一度その音楽に触れることで、これ以上なく魅力的な響きを持って脳に刻み込まれる。

一十三十一というアーティストは、常に自身の名前が持つミステリアスな響きを裏切ることなく、我々の期待を軽々と超える新しいシティポップを提示し続けてきた。

流線形と共に夜の東京を切り取り、Dorianと共に架空の南国を創り上げた彼女は、常に今この瞬間に最も気持ち良い音のど真ん中に立っている。

アルバム情報
プレイリスト
  1. 1. Ecstasy
  2. 2. Serpent Coaster
  3. 3. Flash of Light
  4. 4. Discotheque Sputnik
  5. 5. Let It Out
  6. 6. Moonlight
  7. 7. Blue, Midnight Blue
  8. 8. Galanterie
  9. 9. Swept Away
  10. 10. Varadero via L.A.
一十三十一 アルバムレビュー