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危険がいっぱい/ルネ・クレマン

『危険がいっぱい』──檻の中のジゴロ、監禁されるアラン・ドロン

『危険がいっぱい』(原題:Les Félins/1964年)は、逃亡中のジゴロ、マルク(アラン・ドロン)が富豪未亡人の屋敷に身を潜め、やがて男女四人の愛憎が絡み合う心理サスペンスである。華やかな別荘、ジャズの旋律、誘惑する女性たち──そのすべてが密やかな罠のように男を囲い込む。ルネ・クレマンが、欲望と支配の裏に潜む孤独を静かに描き出す。

安直な邦題、洗練された映画──“いっぱい”シリーズの罪

『太陽がいっぱい』(1960年)で世界を魅了したアラン・ドロンとルネ・クレマンの再タッグ──それだけで当時の観客は期待に胸をふくらませただろう。しかし邦題が『危険がいっぱい』というのは、あまりにも軽率ではないか。

“いっぱいシリーズ”第二弾を気取ったつもりかもしれないが、原題『Les Félins(ネコ科の動物たち)』が持つ官能的含意──獰猛さ、優雅さ、そして気まぐれな捕食性──を完全に取りこぼしている。

だが、映画そのものは洗練されている。逃亡するジゴロ(アラン・ドロン)が、富豪の未亡人の屋敷に身を潜めたことで、男女四人の愛憎と陰謀が交錯する。ラロ・シフリンのジャズが軽やかに流れる中、物語はひたひたと崩壊へと向かう。

獲物と狩人の反転

原題が示す通り、この映画の女性たちは“ネコ科”の生き物だ。特にジェーン・フォンダの登場シーンは圧巻。下着姿で男を挑発するその姿は、『バーバレラ』(1968年)で宇宙を誘惑した彼女の原型を思わせる。

フォンダが演じるメリー・アンは、無垢さと狡猾さを併せ持つ二面性の存在だ。彼女は男を愛するが、愛するがゆえに支配し、閉じ込める。 その行為は単なる性愛ではなく、存在の支配への渇望である。彼女の“監禁”とは、愛を永遠化するための手段なのだ。

そしてアラン・ドロン演じるマルクは、ジゴロでありながら、常に誰かに飼いならされる存在。『太陽がいっぱい』のリプリーが“他者の人生を奪う男”だったのに対し、本作の彼は“他者に所有される男”となる。

彼の魅力は支配することではなく、支配されることにある。肉体は完璧だが、精神は従順。ジェーン・フォンダに監禁されるラストは、ただのスリラー的オチではない。むしろこれはルネ・クレマンのドロンへの執着が、物語として現れた結果だ。

『太陽がいっぱい』で彼を“神話化”したクレマンは、ここで彼を“閉じ込める”──愛の形が、崇拝から所有へと変質したのである。

同性愛的視線の変奏──“見る”ことと“閉じ込める”こと

ルネ・クレマンの映画に通底するのは、“見る者の欲望”への意識だ。『太陽がいっぱい』では、監督自身がアラン・ドロンを欲望の対象として撮影していたが、『危険がいっぱい』では、その視線が物語内部に転移している。

ジェーン・フォンダがドロンを閉じ込める行為は、監督がカメラを通して彼を所有する行為のメタファーだ。クレマンは、彼を“演じさせる”ことで自由を奪い、“撮る”ことで支配する。

つまり、この映画の真の捕食者はジェーン・フォンダでもなく、物語の中の富豪でもなく、スクリーンの背後にいるルネ・クレマンその人なのである。

ジャズと閉塞──軽快さの裏に潜むサディズム

ラロ・シフリンのジャズ・スコアが映画全体を軽やかに包み込む。サウンドだけを聴けば、都会的で小粋なサスペンスのようだ。だが、その軽快さは登場人物たちの閉塞をむしろ際立たせる。

ネコ科の女たちは愛の檻に生き、男はそこから逃れられない。ジャズの即興性とは裏腹に、登場人物たちの運命は最初から決まっている。 ルネ・クレマンのカメラは、その閉じられた世界をスタイリッシュに、しかし冷徹に見つめる。

『危険がいっぱい』は、タイトルとは裏腹にスリルではなく“閉じ込め”の映画だ。逃げる男と追う女、自由を渇望する者とそれを支配する者──この二項のあいだで、愛は恐怖と化し、美は檻に閉じ込められる。

ラストでアラン・ドロンが密室に幽閉されるとき、観客は気づく。彼は映画そのものに閉じ込められた存在だということに。『太陽がいっぱい』が“美への憧憬”の映画だったとすれば、『危険がいっぱい』は“美の監禁”の映画である。

そしてルネ・クレマンにとって、アラン・ドロンとは──永遠にカメラの檻に閉じ込めておきたい、美の亡霊そのものだったのだ。

DATA
  • 原題/Les Felins
  • 製作年/1964年
  • 製作国/フランス
  • 上映時間/99分
STAFF
  • 監督/ルネ・クレマン
  • 製作/ジャック・バール
  • 原作/デイ・キーン
  • 脚本/ルネ・クレマン、パスカル・ジャルダン、チャールズ・ウィリアムズ
  • 美術/ジャン・アンドレ
  • 撮影/アンリ・ドカエ
  • 音楽/ラロ・シフリン
  • 衣装/ピエール・バルマン
CAST
  • アラン・ドロン
  • ジェーン・フォンダ
  • ローラ・オルブライト
  • アンドレ・オウマンスキー
  • カール・ステューダー
  • ソレル・ブルック