シッコ/マイケル・ムーア

シッコ [DVD]

「救われるべき人間は救われるべきだ」という、マイケル・ムーアからの異議申し立て

基本的に僕は、マイケル・ムーアの思想的スタンスには賛同しているものの、ドキュメンタリー映画作家としての語り口には否定的だ。

アメリカ銃社会の問題だろうが、ブッシュ政権の問題だろうが、己のイデオロギーに照らし合わせて単純な善悪二元論に落とし込んで行くその手法は、あまりにも問題を分かりやすく整理しすぎ。

ハッキリ言って世の中なんぞ、割り切れないことだらけ。観る者にそのグレーゾーンについて思考を促すことが、ドキュメンタリーの役割なんじゃあないの?と勝手に思っている次第。

だがこの『シッコ』は、過去のマイケル・ムーア作品のような嫌悪感は一切覚えず。もちろんその語り口は、相も変わらず独善的で断定的。ひとつの結論に向けて、無理矢理にハードランディングさせてしまう手法は今までと変わらない。

しかしながら今作の題材は、極めて現実的なイシューである医療保険。人間の生き死にに関する問題に、割り切れないことなんぞ一つなし。

マイケル・ムーアがこの作品で声高に叫ぶ「アメリカにも皆保険を!」というテーマは、しごく真っ当な異議申し立てとして僕らの耳に届く。

先進国で唯一皆保険制度がない国アメリカの実態は、暗澹たる医療レス地獄。医療費が払えないために自分で傷口を縫ったり、誤って薬指と中指を切断したが手術費が高額のため薬指だけ縫合したり、重んだ医療費のために家を売りに出したり…。

しかし、彼らは決して貧困層ではない。慎ましい暮らしをしている、ごく普通の中産階級アメリカ人である。

民間の医療保険に加入できない人数はおよそ5000万人にもおよぶらしいが、保険金の支払いを徹底的に減らそうとする保険会社のやり方によって、生命が祖末に扱われる実態をムーアは周到に暴いていく。

国民皆保険制度の充実によって医療費が無料のカナダ、イギリス、フランスとの鮮やかな対比。政府から何の見返りも受けられない「911」救出作業員が、敵対国であるはずのキューバで手厚い看護を受けるという強烈なアイロニー。

右翼も左翼もない。資本主義も社会主義もない。ここには、あらゆる政治思想や民族的信仰を乗り越えて、救われるべき人間は救われるべきだという、当たり前の異議申し立てがある。

小生の浅学を暴露するようでお恥ずかしい限りですが、アメリカの国民健康保険制度がこれほどまでに崩壊しているとは存じませんでした。何となく、「アメリカの医療費は高い!」というアバウトな知識しかなかったことを告白してしまおう。

だからこそ、『シッコ』で描かれる問題は強烈に響く。それは間違いなく、ドキュメンタリーの効用のひとつである。

DATA
  • 原題/Sicko
  • 製作年/2007年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/113分
STAFF
  • 監督/マイケル・ムーア
  • 脚本/マイケル・ムーア
  • 製作総指揮/キャスリーン・グリン、ボブ・ワインスタイン、ハーヴェイ・ワインスタイン
  • 製作/メーガン・オハラ、マイケル・ムーア
  • 共同プロデューサー/アン・ムーア、リーヤ・ヤング
  • ライン・プロデューサー/ジェニファー・レイサム
  • 撮影/クリストフ・ヴィット
  • 編集/クリストファー・スウォード、ダン・スウィエトリク、ジェフリー・リッチマン
  • 音楽/エリン・オハラ
CAST
  • マイケル・ムーア

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