『マンダレイ』(2005年/ラース・フォン・トリアー)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー
『マンダレイ』(原題:Manderlay/2005年)は、ラース・フォン・トリアーが監督した社会派ドラマで、『ドッグヴィル』(2003年)に続く“アメリカ三部作”の第2作。1930年代のアラバマ州を舞台に、旅の途中で立ち寄った白人女性グレース(ブライス・ダラス・ハワード)が、奴隷解放後もなお旧体制のまま農園を支配する人々と出会う。彼女は理想主義に基づき民主的改革を試みるが、自由を与えるはずの試みが新たな支配を生み出していく。ウィレム・デフォー、ダニー・グローヴァーらが共演し、監督特有のミニマルな舞台構成で、人間社会に内在する権力と道徳の矛盾を描く。
- 2005年度カイエ・デュ・シネマ:第8位
アメリカ三部作の第二幕とサルトルの呪縛
ラース・フォン・トリアー監督による、おそろしく意地が悪い挑発はまだまだ続く。
『マンダレイ』(2005年)は、前作『ドッグヴィル』(2003年)で突きつけた「力ってのは行使するためにあるのだ」という身も蓋もないアイロニーを、さらにネチネチと、サディスティックに煮詰めたような一作である。
この映画は、トリアーが構想したアメリカ三部作の第二幕にあたる。『ドッグヴィル』、『マンダレイ』、そして結局作られずに終わってしまった幻の『ワシントン』。
アメリカという巨大な虚構の舞台を借りて、人類の自由と支配のイタチごっこを暴き出そうという、とてつもなく壮大な(そして性格の悪い)試みだった。
劇中、ダニー・グローヴァー演じる黒人奴隷の長ウィルヘルムは、執拗に「まだ準備ができていない」と繰り返す。それは元奴隷たちが民主主義を受け入れる準備であり、アメリカが彼らを市民として迎える準備であり、ひいては人類そのものが自由を乗りこなす民度を獲得するまでの途方もない時間への絶望だろう。
かつてフランスの哲学者サルトルは「人間は自由という名の刑に処せられている」という、ちょっと中二病心をくすぐる名言を残したが、本作を観ていると、本当にその通りだと思ってしまう。
抽象舞台が暴くアメリカの原罪と痛みの作法
今回もまた、床にチョークで白線を引いただけのあの抽象セットが登場。背景や小道具をごっそり省いたこの空間は、観客の逃げ場を塞ぎ、倫理的な踏み絵を容赦なく突きつけてくる。本作が暴き立てるのは、奴隷制というアメリカ史の原罪と、それを土台にしてのうのうと築き上げられた民主主義の倒錯である。
主人公グレース役は、前作のニコール・キッドマンから、名匠ロン・ハワード監督の愛娘であるブライス・ダラス・ハワードへとバトンタッチされた。彼女の視線や仕草には、おぼこい無垢さと同時に、どこかポキッと折れてしまいそうな危うさが漂っている。このニュアンスがこの映画にはどうしても必要だったのだろう。
グレースと黒人奴隷ティモシー(イザック・ド・バンコレ)の関係性は、肉体的な陵辱であると同時に、奇妙な精神的充足をもたらしてしまう。しかし、理想に燃えていたはずの若き白人女性の「上から目線の偽善」が露呈したとき、彼女は心身ともに深くえぐられることになる。
思えばトリアーという監督は、いつだって映画に痛みを求めてきた。『奇跡の海』(1996年)での痛ましい自己犠牲、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000年)の残酷すぎる結末、『アンチクライスト』(2009年)の直視できない暴力。
彼にとっての真実とは、こっぴどい痛みを経由しないと触れられない代物らしい。前作のキッドマンが「受動的に蹂躙される肉体」だったとすれば、今回は「無自覚な善意を持った肉体」が罰を受けるビジョンが必要だった。だからこそ、あの受け身で虚ろな表情ができるブライスが起用されたのだろう。
アメリカ批判から普遍批判へ
トリアー映画の厄介なところは、ここで描かれる痛みが凡百のメロドラマのように「あー泣いてスッキリした」と浄化させてくれない点にある。
むしろ観客は、スクリーン越しの痛みを無理やりお裾分けされ、救済のカタルシスからは徹底的に遠ざけられる。映画という装置を使って、この暴力の共犯者であることを突きつけられるような薄気味悪さがあるのだ。
この鋭利なアメリカ批判を、アメリカになんて行ったこともないデンマーク人のトリアーが、ヨーロッパのスタジオからネチネチと仕掛けているという事実も面白い。
外部からの冷ややかな視線がアメリカの虚構を解体するとき、それはいつしか、我々人類が信じて疑わない民主主義そのものへの普遍的な批判へとすり替わっていく。だからこそ本作は、遠い昔の外国の話ではなく、いまを生きる我々の社会の痛いところをグサグサと突いてくるのである。
トリアーの壮大な意地悪は続くはずだった。しかし、アメリカ合衆国三部作の最終章『ワシントン』は、いつまで経っても作られる気配がない。観客を安全な傍観者にしておいてくれないこの厄介な臨床実験の続きを、我々はと首を長くして永遠に待ち続けるしかないのだ。
まったく、どこまでも罪作りな監督である。
参考文献・出典
- 原題/Manderlay
- 製作年/2005年
- 製作国/デンマーク
- 上映時間/139分
- 監督/ラース・フォン・トリアー
- 脚本/ラース・フォン・トリアー
- 製作/ヴィベク・ウィンドレフ
- 製作総指揮/ペーター・アールベーク・イェンセン、レネ・ボルグルム
- 撮影/アンソニー・ドッド・マントル
- 音楽/ヨアキム・ホルベック
- 衣装/マノン・ラスムッセン
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