あらゆるジャンル・ミュージックを、椎名林檎という個性で咀嚼し、昇華
この『平成風俗』(2007年)が傑作アルバムに違いないと確信したのは、フジテレビ系音楽番組『僕らの音楽』で、椎名林檎とイチローが対談した回をたまたま鑑賞したとき。
放送の最後に、椎名林檎が総勢70人にも及ぶマタタビオーケストラ(すごい名前だ!)を従えて、『ギャンブル』をパワフルで凛としたヴォーカルで絶唱したのを目撃したのだが、いやマジでこれは素晴らしいパフォーマンスであった。
浮雲が歪んだディストーション・ギターで主旋律を弾くと、それに呼応するかのごとくハープがきらめくような音色を奏でる。ブラスセクションはダイナミズムを、リズム・セクションはうねるような高揚感をキープしている。
どこか艶っぽさを感じさせるビッグバンド・ジャズ・アレンジは、どこか猥雑なイメージを散布していた椎名林檎的世界と、見事なまでに合致。そんな訳で僕は番組の視聴後、あわてて『平成風俗』を聴いたのである。
溝口肇も在籍していた、「斎藤ネコカルテット」のリーダーにして作曲家・編曲家・演奏家の斎藤ネコと、新宿系自作自演屋を自称する椎名林檎のコンビが創り上げたのは、豪奢なストリングスが全編を貫く、モダンにしてゴージャスなアルバム。
サンバあり、ビッグバンド・ジャズあり、タンゴあり、シャンソンありと、場末のダンスホールでかかりそうな昭和モダン・ミュージックがてんこ盛り。あらゆるジャンル・ミュージックを、椎名林檎という個性で咀嚼し、昇華してしまっている。
もともとは、蜷川実花の初映画監督作品『さくらん』(2007年)のサウンドトラックとして製作された、本アルバム。全13曲中8曲がカバー作品となっている。
映画のためにオリジナル曲を書き下ろそうとやる気マンマンだった椎名林檎だったが、蜷川実花に「既成曲を使いたい」という腰のくだけるような要望を受け入れる形になったため、ほとんどが彼女のソロ・ナンバーで占められることになったのだとか。
クウェンティン・タランティーノが、『キル・ビル』(2003年)のサウンドトラックに布袋寅泰の『新・仁義なき戦い』を起用した際、「あなたの映画に使っていただけるなら、新しく曲を作りますよ」という布袋の申し出を、すげなく断ったというエピソードに似てますな。
御愁傷様です。
- アーティスト/椎名林檎×斎藤ネコ
- 発売年/2007年
- レーベル/EMIミュージック・ジャパン
- ギャンブル
- 茎
- 錯乱
- ハツコイ娼女
- パパイヤマンゴー
- 意識
- 浴室
- 迷彩
- ポルターガイスト
- カリソメ乙女(TAMEIKESANNOH ver)
- 花魁
- 夢のあと
- この世の限り
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