変態的プロットをスター俳優を招いて撮り上げた、上質なサスペンス映画
言うまでもなくアルフレッド・ヒッチコックは、己のド変態性を映画で発露することに努めた、ド変態作家である。
目下のところ、ヒッチコックの正統な後継者を自認しているブライアン・デ・パルマもまた、ヒッチ的アブノーマル性を発揮している映画監督だが、ヒッチコックが生涯持ち続けてきたイギリス式の上質なユーモア感覚は、今のところ誰も追随できていないようだ。
ヒッチコックの代表作である『裏窓』は、足を骨折して自宅療養を余儀なくされている報道カメラマンが、望遠レンズでアパートを覗き見するという《変態的プロット》を、ジェームズ・スチュアート&グレイス・ケリーというアメリカ的なスタアを配して、ミステリー映画にも関わらず死体を一切画面で見せないという、《上質なユーモア感覚》で撮り上げた作品である。
『サイコ』(1960年)に代表されるようなショッカー的要素は極力排し、きめの細かい演出でサスペンスを増幅させていく。
ウィリアム・アイリッシュの原作では、カメラマンに付き添うのは看護夫の男だが、映画化するにあたってヒッチコックはその役割を恋人のリザ(グレイス・ケリー)と看護婦のステラ(セルマ・リッター)に振り分けている。
♀2人+♂1人という女性主導型の構図に持ち込むことによって、身動きの取れないジェームズ・スチュアートの悲哀をペーソスたっぷりに描いているのだ。
グレイス・ケリーが犯人の部屋に忍びこんで、証拠物件である結婚指輪を探すシーンには、もちろん「いつ犯人が戻ってくるか」というサスペンスが付与されている訳だが、彼女が指輪を見つけて誇らしげにそれを上に掲げるショットには、結婚になかなか踏み切れないジェームズ・スチュアートへの揺さぶりという二重の意味も込められている。
サスペンスとユーモアが表裏にぴったりと貼り付いているこの感覚こそ、実にヒッチコック的。
かつてフランソワ・トリュフォーはこの映画を
「これは陰惨なゲームだ、ペシミズムを超えて残酷な映画ですらある」
と評したらしいが(後にトリュフォーはこの考えを改め、『裏窓』をヒッチコック映画のベストの一つに推している)、そもそも「覗き見る」という行為自体、実に映画的な振る舞い。
我々観客は、チケット代を払うだけで勝手に他人の生活に侵入する権利を得た、ピーピング・トムなんである。ヒッチコックが確信犯的に撮った『裏窓』はまさに映画的映画、ピュア・ムービーなのだ。
ちなみに犯人を演じたレイモンド・バーは、日本でも放映されていたテレビドラマ『ペリー・メイスン』(1957年〜1966年)でペリー・メイスン役を、『怪獣王ゴジラ』(1956年)でスティーブ・マーティン記者役を演じた人物であり、日本でも馴染みの深い俳優である。
そんな彼に殺人犯役をオファーすること自体、アイロニーが効いてますな。
- 原題/Rear Window
- 製作年/1954年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/112分
- 監督/アルフレッド・ヒッチコック
- 製作/アルフレッド・ヒッチコック
- 原作/コーネル・ウーリッチ
- 脚本/ジョン・マイケル・ヘイズ
- 撮影/ロバート・バークス
- 音楽/フランツ・ワックスマン
- 美術/ハル・ペレイラ
- 編集/ジョージ・トマシーニ
- 録音/ジョン・コープ
- ジェームズ・スチュアート
- グレイス・ケリー
- ウェンデル・コーリー
- セルマ・リッター
- レイモンド・バー
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